ちょっと実験してみましょう

ちょっとしたエクササイズや実験です。


 このページの目次


顔の印象、自分を丁寧に扱う。

 

顔の印象について、ちょっと実験してみましょう

 

立ったままお辞儀をするように頭を下げ、顔が地面と平行になったときの顔を鏡に写します。このときの顔はどんなでしょうか?

 次に、床に仰向けに横たわり、顔が天井と平行になったときの顔を鏡に写します。このときの顔に違いはあるでしょうか?

  

重力により、顔の肉が引っ張られる方向が変わると、ずいぶん印象が変わることかと思います。

ロルフィングを受けることで重力下で身体がバランスされてきたとき、顔の印象が変わってくることもあるかもしれませんね。

 

自分をていねいに扱うこと、顔を洗うこと、心を洗うこと

自分を丁寧に扱う、ということをテーマにした時、ふと思い浮かぶのがこの本『顔を洗うこと 心を洗うこと(今野華都子 著)』です。

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(すべての章に賛成というわけではないのですが、、。)

むかーし、僕がまだセラピストからトラウマワーク(ソマティクエクスペリエンス)を受けていた頃、紹介していただいた本でした。それ以来読んではいなかったのですが、ふと開いたページを今朝は読む機会がありました。



『(p26〜抜粋)〜優しさを教える人になる〜』

 

全身がアトピー性皮膚炎だという幼稚園の先生とご縁ができました。「よろしければ洗顔教室に来ませんか?」気軽にお誘いしたところ、「私は顔のことなんか気にしていないからいいです」でも、そう言う彼女の目を見ていると、思いとは違う様子がうかがえたので、ご無理のないようにと、洗顔教室の日程と場所をお伝えさせていただきました。

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教室が開かれるその日、彼女が来てくれました。ところが、いざ始めようと私と向き合ったとたん、自分がいかに顔のことなんか気にせず今まで立派に生きてきたか、自分がどれくらい親と園児から信頼のあるいい先生なのかということを、とうとうと話し始められたのです。私は、ただ黙って洗顔の準備をしていました。「ありがとうございます。お顔の洗い方を教えますね」準備を終えて、いざ教えようとしましたが、、彼女は顔に触れさせてはくれません。「それでは、手にさせていただきますね」私は彼女の手を顔に見立てて洗い始めました。洗いながらも、細かいことは何も言いませんでした。私がどのような思いで洗顔教室をしてきたのか、どのような思いからこの仕事をしているのかさえ一切話さず、とにかく手の甲を優しく洗いました。そして一言、このように申し上げたのです。

「ここに来てくださって、ほんとうにありがとうございます。お顔も、できればこのように洗ってあげてくださいね」私がそう言った、ほんとうに直後のことでした。彼女が「ワーッ!」と声を上げて泣きはじめたのです。その空間には私と彼女しかいませんでしたから、私は彼女が落ち着くまで、ただ両手の甲をゆっくりゆっくりと洗いつづけました。

「手に触れていただいた瞬間に、『私はかつて自分と他人に、このように優しく接してあげたことがあるだろうか』と思ったら、体の奥から何かがこみ上げてきました。私は……人に心を教える職業に就いています。けれど、今初めて……自分は……心を教えていないということがわかりました……」彼女は深く頭を下げました。「人に頭を下げるのは、初めてのことかもしれません」小さな声でつぶやきながら。そして、自分が過去に体験したことを、たくさんの言葉にして吐き出しました。話して、話して、心に溜まっていたご自身の思いを、私に伝えてくれました。心が落ち着いてから、ゆっくり彼女の顔を洗ってさしあげました。みるみるうちに彼女のお顔が優しくなっていくのがわかりました。最初はすべてを否定して受け付けない、こわばった硬い形相だったのですが、まるで別人のように穏やかな、輝かしい表情になっていったのでした。

洗顔が終わって自分の顔を鏡で見た時、彼女は驚いていました。ずっと自分の心にかたくなにフタをして、他の人を受け入れなかったことがわかっているからこそ、変化にびっくりしたのでしょう。顔は名前と同じくらい、自分を代表するものです。顔をどのように扱うかは、自分をどのように扱うのかと同じことなのです。

ていねいにゆっくりと自分を感じながら洗うことによって、この世に唯一無二の自分の存在を確認できます。自分に優しくていねいに向かうこと……これはほかの人にも優しく、ていねいに向かう心を作ります。一事が万事、つながっているのですね。

「私、明日から続けてみます」


彼女とは今でもお付き合いをしていますが、まるで違う皮膚、違う顔になったように、表情そのものが別人になりました。それからというもの、彼女の言葉づかいも変わり、歩き方をはじめ立ち居振る舞いも変わりました。そして、彼女が影響を与える同僚や園長先生はもちろんのこと、園児たちやお母さんたちも変化していきました。初めて会ってから数ヶ月後、彼女から手紙を頂きました。そこには、嬉しい言葉がつづられていました。


今野華都子様
洗顔教室のときはほんとうにありがとうございました。あれから毎日、毎日、心を落ち着けて顔を洗っています。私は今まで、他人をまったく受け入れなかったのだと思います。とくにアトピー肌で汚い顔のことは言われたくなかったものですから、その前に「まったく気にしてませんよ」という素振りをしていたのでしょう。すべての人に対して、強い態度でそうやってきました。もちろん子どもたちにも同じです。教育者として、人としての優しさを教えてきませんでした。洗顔を続けながら、少しずつではありますが、「優しい」ってことが考えられるようになった気がしています。


(抜粋おわり)

 

『(p5〜一部抜粋)』


自分の両手で、優しく優しく、「ありがとう」といたわりながら、キレイにしてあげてください。静かに鏡の中の自分と向かい合って、穏やかな時間を持つことを続けてみてください。

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今日一日にあった悲しいこと、言わなければよかったと気になっていることも「みんな、いいんだよ」と。そして、楽しかったこと、嬉しかったこと、そのすべてを「ああ、よかった。すべてが感謝だな」と声をかけてあげてください。

・・・

毎日の良い習慣は、やがてその人の心の品格、ひいては魂の品格まで高めてくれると私は信じています。品格を伴った心や魂は、決して他の人をおろそかにしようとはしません。自分を大切にできるようになった人は、必ず、人をも幸せにしたいと思えるようになるのです。

・・・

(抜粋おわり)

 


洗顔には1〜8まで手順があるみたいですね。写真は途中だけです。。

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ちなみに、僕はこんなんやったことありません。。(ときどき肌つやがいいって言われますが。。)
女性向きの本かもしれませんね〜。

 


肩こりと、体のバランス

例えば、肩こりをほぐすことを考えてみましょう。

身体のあらゆる部分は重力下でバランスをとるためにお互いの位置を補い合っています。どこがが右にずれれば、必ずどこかが左にずれなければ倒れてしまいます。変化が維持されるためには一部分ではなく全体を考慮する必要があります。

 

例えば肩が凝っているとき、身体は重力下でバランスをとっています。そのときの肩は、もしかしたら足首の位置を補いバランスするためにそこに位置しているかもしれません。凝っている肩をほぐし、その部分だけの位置が変わるとき、もともと対になってバランスをとっていた足首が元のままならどうなるでしょう?

 

重力下で日常生活を送るとき、身体はバランスを取ろうとベストを尽くします。考慮されなかった足首のバランスを補うために、再び肩は元のバランスに戻らざるを得ないでしょう。

 

ロルフィングでは特定の部分だけを扱うのではなく、複雑に補い合っている部分が重力下でバランスされるように、「全身」をバランスよく全10回のセッションに分けて扱っていきます。


体の意思、防御の姿勢

例えばこんなとき、身体はどうしたいのでしょうか?

 

例えば、周りが危険な状況のとき、ちょっと苦手の人と対峙しなければならないとき、まっすぐ姿勢をとり胸を広げていると攻撃をそのまま受け取ってしまいます。背中を丸め、防御の姿勢をとることが適した場面かもしれません。

 

例えば、膝をかかえ背中を丸めてうなだれた格好。重力の中でまっすぐではありません。この姿勢は「悪い」でしょうか?

 

身体は一時的にそういう状態を欲しているかもしれません。我慢を続け疲れてしまっているとき、まっすぐしようと頑張っている身体を一旦休めてあげることは必要かもしれない。そんなとき、そのうなだれた姿勢をしばらくとっていると、呼吸が入って背中が楽になり、首の力が抜けてきます。そうすると自然とまた起き上がってまっすぐ立ってみたくなる。そんなこともあるでしょう。   


例えばこんなヒント、意識で体が変わる

例えばこんなヒントは助けになるでしょうか?

  • 歩きスマホ。

周りが安全でない環境(例えば、すぐそばを自転車が通り過ぎるなど)でスマホを操作したとき。その時の身体感覚に注意を向けます。何が起こっているでしょうか?

 

意識はしていなくても、身体は周りの環境に対し常に反応しています。身構えたり、呼吸を詰めたり、しんどいことになってるかもしれません。もし、しんどいことに気づいたとしたら、それでも歩きスマホをすることを選択するでしょうか?身体が安全だと感じられる場所でのスマホ操作を選択することで、日頃の肩こりが少し楽になるかもしれません。

 

  • ものを見るとき。

視点を一点にフォーカスするように見てください。

呼吸はどうなっているでしょうか?首や頭の緊張はどうなっているでしょうか?

 

次に、後頭部に眼があるとイメージしてください。

そこから周りを含めた前方を柔らかく眺めてみてはどうでしょう?何か身体に変化はあったでしょうか?


筋膜とは

ちょっと実験してみましょう。

  • 鶏肉を買ってきて、料理しましょう。

まな板の上には肉。その表面には透明な膜が!これが筋膜です。骨とのつなぎ目はもっと強くて白っぽい膜になりますし、これは細胞ひとつひとつをも包んでいます。「”筋”膜」と書きますが、筋肉だけではなく身体の中のあらゆる組織を包む「膜」のことなのです。

 

  • みかんを剥いてみましょう。

みかんのつぶつぶはひとつひとつ薄い膜で包まれています。 つぶつぶを包み込む膜、さらに一房一房を包み込む膜、そしてみかんの全体を包む薄皮、その外皮、と最小単位のつぶつぶから最大単位のみかんの皮まですべての組織は膜につつまれています。

 

筋膜の役割

このように人体でも小さな細胞から筋繊維、筋肉の束、腱、靭帯、骨を包み込む膜、内蔵、体全体を包む皮膚とあらゆる組織は膜に包み込まれています。この膜により、身体の中の組織は区別され、形を取ることができます。

 

もし筋膜がなければ身体の中のあらゆるものは混ざって液体になってしまうことでしょう。 この筋膜以外の組織を人体から取り除くと、筋膜だけで人の形をとります。(みかんの果汁を取り除いて、膜だけ残してもみかんの形をしているように。)

 

そして、この膜はお互いに切れ目なく繋がっています。例えば、一般的な解剖学書などでは骨と筋膜ははっきり分かれていますが、実際には筋肉を包む膜はそのまま骨を包む膜に繋がっています。 このようにして筋膜はあらゆる組織を繋げ、全身を繋げるネットワークを構成しているのです!

 

※アメリカのトレーニングでは解剖学の献体に触れる機会がありました。心臓、横隔膜、肝臓なども筋膜でしっかりと繋がって一体となっており、その様は膜というより”皮”で繋がっているかのようでした。

 


イールドワークと間合い

ちょっと実験してみましょう。イールドの実験

  • 誰かとペアになり座ります。

真正面から向かい合って、お互いに覗き込むように正面から相手を見ます。このとき、身体にはどんなことが起こっているでしょう?

顔や胸、お腹、おしりなどの感覚はどうでしょうか?緊張は起こっていますか?

 

  • 次に、ほんの少し身体の正中の向きを相手の正中線からずらします。目線が正面から少し左になるように。

このとき、身体にはどんなことが起こっているでしょう?

何か変化はありましたか?先ほどと比べて身体が少し楽になっていないでしょうか?

 

  • 今度は、お互いに同じ方向を向いて並んで座ってみます。

このとき、身体にはどんなことが起こっているでしょう?

さらに居心地が楽になっていないでしょうか?話す内容も変わってきてるかもしれません。

 

このように身体は間合いや向きなどの違いで反応は変わります。深い意識状態での身体の反応はもっと場に影響されています。この「場」という要素を大切にしているのがYielding Work(イールドワーク)という手技です。


セッション中に観察される事例、自己調整の力

セッション中に観察される事例

  • 眠っているかのような深い意識状態での、軽い痙攣、呼吸の変化、ゆっくりとしたうなずくような首の動きなど、身体の奥深くで変化のプロセスが進んでいる反応が観察されることがあります。このとき通常の眠りと異なり、小さなささやくような声にもクライアントさんは反応され、通常の意識状態に戻っての会話が可能です。このような深い変化のプロセスはセッション後も少なくとも72時間は変化が継続していくと言われます。
  • 能動的な動作への衝動が出てくることがあります。手を伸ばしたい、頭を回転させたい、脚で蹴る動作をしたい、など。その動作を適切に行うことで、身体はまるで納得したかのように落ち着いて行くことを観察することがあります。まるで過去にやり損ねた動作を完結させて納得したかのようにです。