私のワークと今まで学んできたこと


学んできたこと

学んできた主なワークについて、簡単にまとめてみました。各ページにそれぞれ詳しい内容が書かれています。

 

全10回で完結する。各回の施術内容があらかじめ決められているプログラム。

※変化を導く手技は施術者により全く違う。

体が重力と調和する。体が整った時には、気になっていたことや問題は自然と解消してしまっている。

体が自然体になった時、こころも自然体となっているかもしれない。

 

オステオパシーの中でもバイオダイナミクスとバイオエナジェティックは超マイナーで知られていない。施術者も少ない。

※クラニオセイクラル・バイオダイナミクスとは全く異なります。

主に軽く触れるだけ、生命の源にあるのは静けさ。そこには回復の力がある。

思考、感情、理論の外側にそれはある。

 

心理療法の業界では安全で早いと重要視されている体からのアプローチ。トークセラピー。

話の内容が重要なのではなく、神経系が整っていくのを少しずつ導いていく。

トラウマとは出来事にあるのではなく、体に閉じ込められた未解放のエネルギー。

 

チンキや軟膏などを作ることができる。

チンキは、植物療法としてハーブの効能を高純度のウォッカなどに溶かし出し摂取する方法。アルコールに溶ける精油成分と水に溶ける水溶性の成分をウォッカに抽出する。

成分だけではなく、植物の持つエネルギーに助けてもらうという考え方もある。ディーエッセンス

 


手段と、本質(ロルフィングと、バイオエナジェティック)

 

わたしのワークには初めの段階に到達するための手段としての『ロルフィング』と、すべてのワークの根底にある本質としての『バイオエナジェティック』で、成り立っています。

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ひとには”整う”ときに、いくつかの段階があり、ある段階に到達すると根本的なシフトが起こります。そこに至って初めて理解できたりお話しできたり伝えられるということがあると思います。

 

  • ロルフィング(ベーシック10シリーズ)の位置付け

ある『特定の場所』にまで到達する手段。それがロルフィングのベーシック10シリーズ。と、わたしはロルフィングを位置付けています。

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ロルフィングは、その『特定の場所』に到達するための”手段”として最も優れていることに、10年施術をやってきて気がつきました。『特定の場所』とは、体がある程度整い、それとともに、こころ(の捉え方)も変わってくる。その”地点”にまで導いてくれるものがないと、いつまで経っても”わからない”で、ぐるぐると同じ地点を巡り続ける。それは、感情の渦、、どこに到達すれば良いのかわからず、落ち込んだり、苦しんだり、、を繰り返す。そこから離れ、抜けていくときが、きます。そして、ある地点に到達するまでがロルフィングの役割。そこから先に、広がる世界、それがバイオエナジェティック・オステオパシーの世界です。

 

  • バイオエナジェティック・オステオパシー

バイオエナジェティックの世界は、いろんな側面から説明が必要でしょうが、それができるのが、ロルフィングのベーシック10シリーズが終わった後、ということになります。なぜなら、10シリーズを通して”ある地点”にまで到達しないと、”わからない”んです。

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こちらからお話をしても、通じない、誤解が生じたりします。準備ができていない時にわからないお話をすること、それは、危ないことでもあります。もちろん、わたしのベーシック10シリーズでは、バイオエナジェティックの手法(軽く触れるだけ、服を着たまま受けられる)で施術されますし段階を追ってその世界の話を少しずつすることはありますが、本当の話ができる地点に到達できるのが10シリーズ完結後になります。もちろん、個人差(それまでに行ってきた学びや経験がそれぞれ違いますので)はありますので、もっと早くからお話しすることもありますし、10シリーズ完結後もしばらくはお話ししないこともあります。

 

  • 植物療法

バイオエナジェティック・オステオパシーのカリキュラムでは植物療法の講座で学ぶ機会がありました。植物の存在とは何か?無機物から有機物を作り出す唯一の存在。あらゆる生き物は植物なしには生きてはいかれない。太陽と地上を繋ぎ、生き物に奉仕する、、より高次の存在と関わり自身も成長したいと願っている。循環。創造主→太陽→植物→人間→月の女神→創造主、、。”愛”を受け取りそれをまた世界に還す、役割を人間も担っている。施術者のあり方と、勉強になります。

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人の要求のために、植物を使う、、?と、いうのは人間のエゴであり、そういう使い方をするとどうも人を見てるとよくない結果になってる気がする。”愛”というと、一般に誤解されている”愛情”や想いとは全く別物、です。透明で意味の含まない全てを見通すもの、『かまきりの讃歌』から一部抜粋はこちらのページへ→

 

  • チベット仏教?

バイオエナジェティック・オステオパシーは、わたしの施術の全ての根本にその哲学が流れています。そこからでしか人には触れられないし、植物と対話することもできない。それは、なにか?というと、まだお話はできませんが、とても似た世界がチベット仏教にありました。

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(最近、いろんな本を読んだり講座に出てみたりしてます。もともと、3年間のバックパッカー時代からチベットには縁があり、何度もいったり、よくわからずにですが聖地に行ったりもしてきました。ご縁があるみたいです。)たとえば、チベット仏教の講座でこんな話を聞きました。目の前の人に、お経を唱えたり、ある修行法を使ったりするが、その人をはじめとして、『必ず一切衆生にまで到達すること』を含めて、やるんですって。どういうことか?文字では誤解がありますので、その時が来たらお話ししましょう。