わたしの身体の見方

カラダって?わたしの知っている、カラダの現実と、こころ、この世界について、、描いてみました。


からだとこころ

まずは手始めに体と心について。カラダとココロは繋がっている、とみなさん思っておられる方多いと思います。ボディワーカーからみた、カラダとこころと、、この世界と。その辺を、さらっとみていきましょうか。

 

なぜ、身体から心が変わるのか。

 

うーん、、詳しい話をし始めると、、専門的なことになってきて文字では伝えるのが難しいし、誤解を招く危険もあるので、単純化した話にしてみましょうか。

 

まず、大前提に、ひととしての本質があり、そして、思考や感情や肉体という個性を持つ存在が(その上に乗っかっているように)ある。と、わたしはボディワーカーの世界から見ています。

 

本質=密度のない体。消えず生まれず、常にはじめからずっとあるもの。透明で光、あるいは、真っ暗。愛。超自然界。

メンタル=薄い体。気体のような。自然界。

感情=すこし密度のある体。液体のような。人間社会。

肉体=密度の濃い体。固体。

 

すべての体は、中心軸からはじまり、重なり合っている。すべての次元を同時に生きている。

 

健全とは?すべての体が透明に、流れるように、滞りなくきれい。

病変があるとき、透明な光は遮られ、代謝が滞っている。健全の光、愛は、、度合いにより遮られている。

 

現代人は、感情の体に病変を多くもっているという。液体、、。よどんでいたり、波立っていたり、ビリビリしていたり、、沸騰していたり、枯渇していたり、乾燥していたり、濁っていたり。他人の感情を受け、反応する、、あるいは、薬や、物理的な衝撃により、歪んでいたり、ずれていたり、ドロドロしていたり。なんとなく、身体感覚的に身に覚えのある人も多いのではないでしょうか?この社会。

 

この感情の体の領域では、やり取りは、、吸った/吸われた、、永遠のエネルギーの奪い合いの世界です。人間社会はここに当てはまるでしょう。一方で、自然界、、ここはより透明で、エネルギーが循環しています。癒し。気体的な体の世界です。より透明、、。

 

混沌(=感情、人間社会)は、透明(=自然界、超自然界)により、癒されます。

 

個性は、、個人は、この密度のある程度ある3つの体から成っています。固体、液体、気体。その先に、超自然界、、本質の世界、生命力、あるいは死の世界。我々を生かし、存在をひれ伏せさせる、命の世界です。

 

本当の癒しは、この本質の世界からはじまります。

 

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話が少し逸れてきましたので、戻しますと〜。(※戻ってないけど。)

 

感情の体にある病変、問題、思考、、。それら自体をフォーカスして、癒そうと(人々は)しますが、それではうまくいかないことを、みなさん体験されていると思います。一時的にその場は良いように見えても、それは、帰ってくる、あるいは、拡大していく。決して、終わらないやり取り、感情の世界の、吸った/吸われた、対象と被対象、終わらない。エネルギーの吸われ続け、差し出し続ける、経済活動。

 

感情の体を扱うには、感情を見ていても混沌としていくだけです。それより、密度の薄い透明な世界に、癒される。自然界、、そして、原因は超自然界から、癒しが起こり、変容が起こります。

 

感情をどう見ているのか、病変をどう見ているのか、問題は?

 

それらは、より密度の薄い体から扱われます。そして、病変は解消し、透明な本質からの光で透過されていく。クリアに浄化され、癒しが起こり、変容が起こる時。

 

感情はどうなるでしょうか?問題は?

 

ネガティブな感情や、ネガティブな思考を、良いものに変えよう!とはしてません。そんなこと、永遠のループ、終わらない。それが、一般的な対処の仕方ですが、、ネガティブをポジティブに変えるのではなく、純化してく。不純物である病変が解消し、透明な光に透過されていく。すると、あるネガティブな感情が、ポジティブな感情に変化するのではなく、感情の不純物が浮いていたり漂っていたりした不純物が、消えて、、より透明な、、本質からの光がとどくとき、それは、感情の本質が、通り抜けていく。それは、慈愛であったり、奉仕であったり、、何か根源的なもの、、感謝であったり。畏怖であったり。

 

 

そういう体に、透明な体に変わっていく時、何か存在に変容が起こり、何か別の、、存在に昇華していくような。。そんな世界を垣間見ます。いくつかの連続したセッションを通して。