生命の尊厳とこの世界の調和

治療とは?ロルフィングとはどう違うのでしょうか。向かう先は?その人のあり方、人生、、。もっというたら尊厳と、この世に生きる意味のようなもの。


ロルフィングって、一般的な整体やマッサージなどとは違い、受けにやってくる方はただ痛みや問題を抱えていてそれを解決しよう、というだけではなく、その裏側に(無意識のうちにでももっている)なにか人生やこの命の意味のようなものについて、どこか考えているその途上にロルフィングがある、というような感覚の方が多いように思います。

 

ところで、、この間ある勉強仲間と一緒に話していて、わたしのマインドには全くない事柄について、話してくれました。ロルファーさんではありませんが、『”治療”っていうのには、何か抵抗があって自分はそうはやりたくない、、施術者として、もっと別の何か、、まだ答えは出ていないのだけれど。たとえば痛みがあって、それを治療してもらえる、それはとてもありがたいことでとても必要なことで頼りになるし感謝している、けど、、自分が施術をやるとしたら、そういうことではない。それは、痛みを治す=マイナスからゼロにもっていくこと、のように思うのだけれど、自分はゼロより先の意味のようなところをやっていきたい。ゼロからプラスになっていくようなことを。』

 

たしかに、一般的な整体などでは、痛みや問題を直そうとしますし、それを治したらいい、みたいな感じかもしれません。それは、マイナスからゼロにするような行為のように見えるかも。そういう世界も必要ですが。。ロルフィングでは、どうなんでしょうか、、それはゼロからプラス、あるいはマイナスからプラスになっていく、、というような見方はしたこともすることもないですが、、人生の意味のようなものは確実に含まれています。

 

それって何なんだろうな?と、改めて考えてみると、、

 

まず、僕がもっているロルフィングのイメージって、他のロルファーさんとは少し違うかもしれません。”ロルフィング”というと、姿勢が良くなったり、悪いものがまっすぐになることでよくなる、みたいなことが言われますし、実際にそうなります。しかし、ここでやりがちな、曲がっているものをまっすぐにする、という行為には、他者(施術者)の意図があり、それが正しいと誰が決めた?という、何か他人に価値を決められている、それを体に埋め込まれていく、、ような、気味の悪さがあります。(わたしには、ですが。。個人的な意見です。)でも、本来の体のシステムってそうではないんですね。

 

マイナスからゼロ、ゼロからプラス、、みたいな価値観からいうと、、

どちらかというと、

わたしのは、ゼロに向かっていく、、ただ、ゼロに。すると、そこは、”無限大”だった。

ということ。

意識を変えていくのではなく、意識を純粋にしていく、よけいな不純物で覆われ見えなくなっていた、本質。不純物がなくなっていくに従って現れていく本来の姿。そこには、無限があり、よりその人本来の生き方、それは、それと同時に、他者や周りの世界との調和、、調和というより、内と外が同じであり、うちを満たそうとすることは限界と混沌を生むが、内と外がなくなる世界では、無限で美しく純粋で風通しが良い、本当に何も得なくても、満たされている。うちを満たそうとするのとは違う質感の無限で満たされている。

 

そういう方向にいきます。

 

 

それが身体の統合ですし、ゼロに向かっていく、ということです。

 

ロルフィングはそれを体からのアプローチでやっていきます。そしてバイオダイナミクスの学びからのアプローチは体と心と世界は、区別なくそこにあります。それが、私の個人的な施術の世界観です。

 

 


ロルフィングとは、身体の統合ともいわれますし、『身体教育』ともいわれます。その体と心と世界のはなしを、10シリーズの間にお話しすることもあるかもしれません。