バイオダイナミクス

※バイオダイナミクスとはクラニオセイクラルではありません。オステオパシーのバイオダイナミクスです。

 


代謝

ひとつ、体にとって重要なのは、生命エネルギーを循環させる”代謝”です。

 代謝とは、血流、リンパ、そのた、体の細胞を満たす液体、など。全ての細胞に行きわたし、もちろん、脳も、神経系も。それは、精神も心にも波及するということではないでしょうか?

 代謝は、老廃物を排出し=浄化、滋養=生命エネルギーをあらゆるところに届けます。施術の時間で癒しは終わり、ではなく、代謝の道が開かれ、滞っていた生命エネルギーが流れ出す、とともに毒や老廃物は排出され浄化が起こる。それは、誰かの力によって癒やされるのではなく、体それ自体のもつ生命の力です。施術が終わり、、そこで癒しは終わらず、日常で続いていく、癒しは、、何年も続いている、、代謝が、滋養と浄化を起こし、自らの力で健全へと進んでいく。その流れが、構造=カラダのバランスも変えていくことでしょう。

 構造の前に、代謝があります。受精卵が、人に成長していく力=代謝がおこり、その流れに沿って、構造物=骨や血管や筋肉や神経系や、、が作られていきます。その命の力は、大人になった今でも働き続けています。代謝=生命エネルギーの流れ、とは、ただ構造を整えようとする以前の本質的な力で、全ての人に生まれた時から備わっている生命の力です。

 

既にある治癒の力

治療の力とは、受け手の中にすでに起こっています。施術者はそこに参加させてもらうのです。

 

何か出来事が起き、、病変が作られたとき、、その瞬間から、体のシステムの中では治療のプロセスが始まります。 『体は常に健全に向かい続けるようにできている。』 施術者がクライアントさまと出会った時、既に治療のプロセスは進んでいます。どんなにひどく見えようとも、かすかであろうとも、、生きているということは、その背景で健全が働いているということ。

 

 

透明な手

透明な手が必要です。それは、受け手の治癒の力を妨げない手です。

 

施術者が新しく治療を引き起こしたりすることは、できません。もし、施術者が何らかの「意図」を入れてしまうと、受け手の体はその介入に対してリアクションをしなければなりません。それは、本来進むべき治療の方向と異なるため、負担となります。必要なのは、既にある治療の力がその方向のまま健全とつながり増大していくことです。治療の力を妨げない透明な手が必要です。

 

 

体の方が百万倍賢い

生命は長い年月をかけて進化をしてきました。体には数百万年の叡智があります。施術者の意図などとうてい及ばない知性です。

 

施術者は体についての知識を勉強します。解剖学や生理学など。それは、役に立ちますが、その知識や理屈を実際の施術では当てはめてはなりません。体の治癒の力に沿うこと、既にそこにある治療の力を邪魔しないことが大前提です。体の声を聞き、より高次(=体)の知性に従う。そんなイメージです。たとえば、解剖学や生理学など、必要な知識は、こちらが当てはめに行くのではなく、ふと、その瞬間に呼び覚まされる、そんな感覚です。

 

 

参考情報

量子の世界(二重スリットの実験)では、観察者の態度や、見方によって、実験結果が変わってしまう。ボディワークの世界では当たり前のことですが、どうやって身体を見ているのか。。

 

意図を入れると体はそれに対して対処をしなければならない。体の治療の力に沿うためには、施術者は透明な存在である必要があります。

 


その世界観

健全を探しなさい、病変(歪み)は誰にでも見つけられる。
(健全こそが治療のキーである。病変に執着しエネルギーを与えない。)

病変、その出どころは何処か?
(フォルクラム(健全への入り口)を探しなさい。)

スティルネス(静寂)とともにいなさい。
(健全が広がってゆく、、呼吸が広がってゆく。)

癒しのプロセスは既にそこにあり、進んでいる。
(傷ついたら、自然と傷口がふさがっていくように、体に自然と備わっている力。どんなにひどく見えようとも、ゆっくり、しずかに、かすかに。。)

治療家は既に起きている治療のプロセスに参加させてもらう。
(治療家が治療を起こすのではない、癒しはすでにそこに進んでいる。それを邪魔することなく、その道筋に沿っていく。)

内側からの光を遮らない、透明な手で。。
(施術者の手から何かを注ぎ込んだり囲い込むのではなく、受け手の中にある生命の力、その癒しの道筋を邪魔することのない、謙虚さをもった手で触れる。)