編集中(2018/5/22)


抱えているものと、改善への道。

 

私のキャリアの中で、わかってきたこと、感じていること。体の現実と、その答え。バイオダイナミクスの学びから見た命の法則と、一般社会の理論との差。クライアントさまによくある考え方とそこを紐解くボディワーク(バイオダイナミクスとロルフィング)からの観点。

 


「小さな頃から、生きていたくなかった。生きるのがつらく、この体がいらない、この体から離れたい。体のない自由な平穏な世界に行きたい。なにかこの世界との差が埋められない。」

 

この世界と、ご自身の差。もっと繊細で平穏な世界に行きたい。体はいらない。と、ご自身の繊細さとこの世界の荒い粒子、の差に違和感を覚えている方がよくいらっしゃいます。

 

わたしの感覚からいうと、もともととても繊細な世界で生きている、この世界の粒子は荒く、疲れてしまう。(その繊細な世界とは?荒い粒子のこの世界とは?どんな世界かは後述するとして、、。)

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一般的な多くの人は、その荒い粒子のこの物理世界で生きています。そして、その土壌で、活動し、普通に暮らしています。その方たちにとっては当たり前な世界。人とのやりとり経済活動そのたいろいろ、その世界を飛び交う粒子は、その人の深いところをキズつけたりすることはない。その人を主に構成する粒子のあらさも同程度だから。浸透しないし、跳ね返せる。それが、一般的なこの世界の基準。

繊細な方は、とても繊細な粒子(比喩ですよ。)で構成されています。その基準で生きていかなければならない、繊細な粒子で構成された人、疲れちゃうし、しょっちゅう浸透してしまいキズついたり、エネルギーを吸い取られてしまう。


よくありがちなのは、強いひと(本当の強さではなく、荒い粒子で「場」を支配してしまう、つまり、この荒い世界で有利なひと。)に、繊細な人はエネルギーを差し出して、その場をバランスしている。陰では、その場を支えているのは、本当は繊細な人なのですが、この社会では一見すると、強い(?)ひとが場をおさめているかのように見えます。しかし、その強者はじつは繊細な人に依存し、繊細な人はエネルギーを吸われてます。よくある関係性です。


体はいらない。透明で平穏なところで暮らしたい。


そう、そうしてこの荒い粒子の世界では苦しさを感じ、なかなか噛み合わない。この荒い粒子の世界。。しかし、ジツはこの世界は同時に並行してさらなる透明な繊細な領域の世界も、同時に存在しています。そこにつながり、そこにい続けること、あるいは、必要な時に帰ること。それが実はできるのですね。


繊細な、とても繊細な粒子の世界が、ここにあるのです。


それは、比喩的に言うと、繊細な世界はこの荒い世界に浸透している、といえますし、この世界は層でできていて、荒い層の下には繊細な層の世界がある、ともいえます。そこに到達すること、そこにつながりがつくこと、それをバイオダイナミクスの学びとロルフィングで実現しています。


ロルフィングの10シリーズをしていると、後半の8〜10くらいのセッションになってくると、その人の繊細な世界が表に現れ始めます。それは、びっくりするくらい美しくて圧倒されます。このあいだのセッションでは、すごいセッションになりました。


その人の中に、すでにその静けさがあるのです。この深い静けさは、なかなか一般の人にはたどり着けません。そこは、本当の変容が起こる癒し(あるいは、アートの世界では、、なんというのでしょうか。)の世界です。

セッションルームの扉をノックする前に、まだ外にいるその人の中の静けさを部屋の中から感じることもあります。その静けさは、一般の方の場合はセッションを深めてやっとたどり着き、変容が起こる癒しの場、それが、セッションを始める前からその人の中にあり、セッションを始めると、圧倒的な静けさと美しさに到達します。なかなか普通の人には起こることではないように思います。その人の中に既に静けさがある。


そう。それ(あなたが繊細であること)は、苦しみでしたが、
癒しに(あるいは、アートの真髄?に)転換されるのです。

その透明な世界に、生まれ持って住んでいる、その繊細さは大切な存在です。この荒い世界にとっても。この世界をバランスしているのは、実は繊細な領域に住んでいる方たちで、癒しをもたらすことができるのも、その方々だと思います。


原形質の呼吸

 

わたしのセッションでは、呼吸をいくつかの段階で見ています。普通の肺呼吸、、そして、原形質の呼吸。それは細胞間に染み渡るような少し粘性を持った液体のような実質を持った呼吸です。それは、施術者の身体感覚で知覚として捉えた、普通の肺呼吸とは別の、さらにゆっくりとしたリズムをもった呼吸です。

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※科学的に証明された呼吸というより、施術者の身体感覚による動きの情報を脳で翻訳したもの、と考えてもらうとよいかもしれません。つまり、たとえば、肺呼吸も含め、血流や、内臓の動き、筋肉の振動、神経細胞の電気の伝達、、などなどそれら身体内部で起こっているすべての動きの総和を、施術者の体で(原初の呼吸、粘性を持った液体の呼吸として、)感知している、と。


この原形質の呼吸は、実際に身体感覚として感知しています。(腕が机に置かれている時、机のかたさや冷たさの感覚を感じているのと同じように、です。)


この呼吸は、感情や体の代謝と関連しており、現代人の多くの病変がここにあるとも言われます。


この実質を持った原形質、液体の呼吸を、仮に「感情の体」として定義してみましょう。この感情の体の歪み(つまり、呼吸の歪み)が解消される時、さまざまな変化が起こります。代謝に影響を与えますので、ここにある歪みが解消されると、それまで歪みにより妨げられていたエネルギーの供給が再開され、それまで届かなかった滋養が細胞に届くようになります。そのエネルギーが届くようになる、、つまり、細胞の変化は継続して周囲に伝わっていきます。枯渇から潤沢へ。生命力が増し元気になっていく、そしてそれが継続していきます。(※これはただの定義ではなく、施術の現場で実際に起こっていることです。)


ちょっと難しい話でしたね。。

 


「感情の体」の修復

 

先ほどの「原形質の呼吸」が正常に現れてくると、さまざまな変化を感じる方もいらっしゃいます。その過程では、波打つ感覚や、ふわふわした感覚、じわじわした感じ、ピリピリした感覚。。あるいは、温かさや熱、引っ張られる、など。

 

この感情の体が、ゆっくりとした呼吸のように体の外側にまでひろがってくる、あたたかさ、、。原形質の呼吸とは、そういう呼吸です。

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まだセッションをあまり受けたことのない方でよくあるのは、どこかが欠けたような状態や、体の奥の方に固まって呼吸できていないこと。それが改善され、広がりと温かさを持つようになってくると、この世の中の現実を、別の感覚で捉え始めることがあります。音の感覚や視覚がやわらかくなったり、自然の美しさに気がつくようになったり。。


面白いことに、この感情の体は、ご家族の間でとても似ていることがよくあります。それは、どこから来ているのか?もしかしたら、家族の歴史に関係があるのかもな、とか思うこともあります。誰かのせいではなく、ただ、むかーし、誰の記憶にも残っていない何かの悲しい出来事があった、それをバランスするために、そうなっている。とか。(ちょっと、ファミリーコンステレーションに触れたことがあるので、、その影響かしら?)ですので、ご家族の中で誰かに変化が起こる時、それは周りの方々にも伝わるのだと思います。特に母子の間では。


あるいは、単に、神経系を含む感情は伝播しますので、その影響をお互いに受けている、とも言えますね。

 


施術者の世界、何をしているのか?

 

このように、原形質の呼吸など、身体内部で起こっている現実を「動きの総和として」呼吸のように知覚していたり、その他いろいろな体の領域のことをすべて現実の「身体感覚」として捉えています。

  

絵空事やイメージや気功ではなく、現実の感覚です。

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ですが、その身体感覚を一つ一つバラバラにして捉える(たとえば、この血管のこの部分だけ)、ということは(この場合は)必要ありませんので、対処に必要な部分の総和として、知覚する。ということをします。その知覚した動きや情報の表現の方法は、バラバラの個別の事象の説明ではなく総和ですので、原形質の呼吸、や、感情の体、など比喩やおとぎ話的な表現になってしまいます。。


そして、施術ではその感覚の情報を元に、体のバランスを取り続けている、ということが多いです。バランス、といってもとても精妙で、不思議な感覚世界ですが。。バランスをとる、つまりは、静寂の湖、、何かが始まる前の静けさ、、すると、体自身の内側から変容が起こり始めます。施術者はニュートラルであることを基本的にしています。あとは、体がその静けさとバランスの中で必要な調整を始め、プロセスを継続していきます。(それは、まるで、、生命の誕生の瞬間、それは静けさ、静寂の海の中から始まった、かのように。プロセスが着火し進み始めます。)


あとは、施術者がこうなれ、と変化をさせるのではなく、体が必要なことを起こしていきます。


静けさの中で、必要なことが起こる。
それが、基本的なスタイルだと思います。


(まあ、モチロンこれだけではありませんが。あとはナイショ。)

 


体の中に命の知性がある。

 

静けさの海の中で、治癒が始まる。。施術者はただバランスをとっているだけ、、。なぜ?それで治癒のプロセスが発動し、進んでいくのでしょうか?施術者は意図を使って変化を押し付けることはしないのに。

 

そこには、まるで(また比喩的な表現ですが、、)命の知性が存在しているかのようです。その命の呼吸に、原形質の呼吸の体に、、あらかじめ備わっている。いや、そもそもそれが生命のスタートだった、その力。受精卵を細胞分列させ、完璧なタイミングと張力で分割し、人を形作ってきたその力。その生命の源からの力が、大人になってもどこからかやってきて伝わってきている。途切れることなく、いつでもどこでもどんなときも。

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それが、(比喩的な表現ですが、)この世界の捉え方です。


では、なぜ、病変が起こるのか?(なんどか別のページでも書いていますが。)それは、体のバランスをとるためです。圧倒的な衝撃を受けた時、その衝撃により全身たいシステムが崩壊しないよう、そのエネルギーを集約して病変とし、全体をバランスし守る。それが、体の知性がしていることです。生命誕生から1000000年の知性、人間の頭など及びもつかない知性です。病変を作った原因は、生命の力=健全。


私たちの施術で行うのは、その生命の知性にアクセスすることです。


それは、いつでもやってきてくれている。今も。


ただ、かつて必要であった、しかし、今は必要なくなった病変の渦、それに遮られていたり、吸われてしまって十分に表現されていない。 その病変の渦を、健全に再びアクセスすることで解消していく、それが施術者の役割です。




ただ、静けさの中に座っている。

 


解放のサイン、感情と感覚。

 

歪みが解放される時、様々な現象が観察されることがあります。(もちろん、気がつかないような小さな現象もたくさんあると思います。)熱さ、涙が流れる、咳き込む、お腹が鳴る、微笑み、、。感情が出てくることもたまにあります。涙、悲しみ、なつかしさ、笑、微笑み、感謝、、イライラ、、。

 

施術後も変化が安定するまでは、感情が出てくることがありますが、それは過ぎ去っていくもの、ただ体がいまそうなのだ、ということをわかってあげてください。周りの人や物事に投影するのではなく、ただそういう時期がすぎていくんだな、ただ現れて消えていくんだな、ということを知っていると、見方も変わってくるでしょう。

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感情と解放の一つの見方ですが、脳の構成として考えることもできます。(施術を受け体が変わり、新しい感覚がでてきます。その感覚に感情や思考が紐づくことがある、と見ることができます。)


進化の過程から脳は①感覚、②感情、③思考、の3つのレベルに分類できます。①脳幹→②感情の脳→③大脳、の順に脳は進化してきました。脳の情報処理の流れですが、この①→②→③の順に情報が上がっていきます。まず①の段階、体には感覚が無数にあります。たとえば、皮膚の感覚、机やキーボードに触れていたり、空気の流れを感じていたり、、感覚受容器は無数にあり、その情報は莫大です。それら全てを上位の脳に送ってしまえば、パニックになってしまうでしょう。そこで、脳はパターンをつくり、必要な情報をフィルターします。そして、情報を上位の脳に受け渡し、感情を作り、思考します。


ここで、2つポイントがあると思います。
・感覚をフィルターし、パターンをつくっている。
・思考がある時、必ず、感情があり、、感情があるとき、必ず感覚がある。(つまり、思考や感情が現れている時、どこかに必ず身体感覚があるのです。)


これが、ロルフィングなどのボディワーク、あるいはSEなどの身体アプローチ(身体感覚をツールとして変容を促す)のトラウマワークで 思考や感情のパターンが変わっていく、体を扱うことで心に変化が起こる、ひとつの理由でしょうね。

 


セッション中に観察される事例

  • 眠っているかのような深い意識状態での、軽い痙攣、呼吸の変化、ゆっくりとしたうなずくような首の動きなど、身体の奥深くで変化のプロセスが進んでいる反応が観察されることがあります。このとき通常の眠りと異なり、小さなささやくような声にもクライアントさんは反応され、通常の意識状態に戻っての会話が可能です。このような深い変化のプロセスはセッション後も少なくとも72時間は変化が継続していくと言われます。
  • 能動的な動作への衝動が出てくることがあります。手を伸ばしたい、頭を回転させたい、脚で蹴る動作をしたい、など。その動作を適切に行うことで、身体はまるで納得したかのように落ち着いて行くことを観察することがあります。まるで過去にやり損ねた動作を完結させて納得したかのようにです。