施術について 〜編集中〜

わたしの施術について、いくつかお話ししておこうかと思います。


業種(?)について

体を扱うワークは整体やマッサージや鍼灸院など様々なものがありますね。わたしのロルフィングやバイオエナジェティックオステオパシーと何が違うのか、簡単にお話ししておきたいと思います。

  • 生命力が増すことで、自分の力で癒えていく

 

 

わたしの誓い

わたしには施術をする上での 誓いみたいなものがある。 力を使わないこと。 それは、物理的な力と言う意味ではなくって こう、、特別な能力とか、超能力とかがもしあったとしても それを使わないし、 それは、”意図”を使わない、 ということ。 その”意図”とは どういうものかというと、 直そうとしたり、 治そうとしたり しないこと。 ここがこうなっていたら、 ここがこうなったら、 治る、という知識があったとして、 そう言う結果が見えていたとして でも、そうしようとはしない。 結果が、期待値が、そこにみえていて それをやろう、というのは やらない。 それは、うまくいかないし、 かえって悪くなったりすることが わかっているからでもあるけれど、

 

 それは、 これをこうしたら、治る、 ということが見えていて、 でも、そこにもっていこうとするとき、 そこに動きがないんですよ。 可能性がない。 こちらから当てはめに行っているとき、 それは、強制であって、 うまくいかないですねー。もしかしたら、その場は結果がでるかもしれないけれど、 本当の治癒の道には入らないと思う。

 

 この鎖骨が、ちょっと、、衝撃があったのだろうか、埋まっている、、ズレている。 これを戻したら、全体が変化する、治るぞ、、。 で、そこに持っていこうとするとき、 もうそこには、無意識に思い描いた結果に持っていく道筋が決まってしまっている。 強制、 その鎖骨は、その道を通るのではなく、 そっちに行って、次にそっちに行って、 もわーん、たわんで、つぎに、指先の方が反応と解放が起こってから 腕の方に流れができて、鎖骨が本来の位置に戻ってくる。 そして、鎖骨の流れが治癒を続けていく、 、、。 そう言う道に入るのに、 鎖骨がずれているから、戻す、 という施術者の期待値でやるときには その道が絶たれ、何かおかしなことが起こってしまうかもしれない。 だから、やらなーいです。 (だから、次回に持ち越し、、になるか。次の施術までにその部分も自然と解消しているか(※)、、その場ですぐに結果みえないこともある。それは、単に私の技量のこともある。)

 

そういう治癒の道が示され 見えるためには、 施術者は意図を使えない。 それが見える場所があるから、 そこへ立ち返る。 そして、見えてくる。 それにしたがう。 そこには、”美しさ” があるという。

 

治癒の道に乗る

なにを尊重してどういうことを見ているのか、施術しているのか?それを簡単に表してみます。

 

鎖骨が押し込まれ、圧縮とズレが起こっている。。それが、施術中に見える、、。「なんらかの衝撃を右側から受け、右の鎖骨が左に圧縮され埋まるようにズレている。それが見える。。そして、それを右に戻すには、、やり方もわかる。でもそれ以上施術はしない(※)」というとき、、

 

『その鎖骨は、直接右にシフトして行って戻るのではなく、、 そっちに行って、次にそっちに行って、 もわーん、たわんで、つぎに、指先の方が反応と解放が起こってから 腕の方に流れができて、鎖骨が本来の位置に戻ってくる。 そして、鎖骨の流れが治癒を続けていく、 、、。 そう言う道に入る』

 

その結果、元の位置に戻る。。

 

『』の内容は例えばの話で、そのプロセスは施術者には見せられない隠された道であり、生命の活動の無数の反応が背景で行われている、、ブラックボックスです。ただ、その治癒が進んでいく通り道がある、、。それは知覚できる。

 

施術者はその治癒の進んでいく通り道にしたがって施術する。何も邪魔しない。流れが阻害されているところを、再び通れるように、施術する(※)。。施術者が意図を使って治そうとしてしまうと、本来の生命の治癒のプロセスからしたらいらんことをしている、、それに対処しなければならない。たとえば、左にずれた鎖骨を右に直してしまったのなら、それによってできた新たな阻害ができる。体はその介入にも対処しなければならない。本来のプロセスもしなければならないし、いらんことしたおかげで、本来のプロセスの流れも一部閉じてしまったりするかもしれない。

 

だから、施術者は意図は使わない。体の治癒の流れを尊重し、、ただ治癒の流れる道に従って施術をする。

 

やり方もわかる。でもそれ以上施術はしない。

状況は見えていて、直すためのやり方もわかっている。でも、施術はそれ以上しない。というときがあります。

  • プロセスを続けていくためには、治癒を続けるためのパワーが必要。

セッションの時間が終わっても、治癒のプロセスは終わりません。そこからが始まりです。体は治癒の流れに乗り、プロセスを続けていきます。代謝を回復し、血液の循環毒素の排出、、さまざまな現象が体内でプロセスし回復に向かっていきます。その際に、その反応を続けるためのパワーが体には必要です。セッションの間、施術をし、その反応のために、体はパワーを使います。パワーを使い果たし、その先のプロセスが進められなくなるまで施術をすることはしません。なので、次のテーマがそこに見えていても、それを今は扱う時ではない、ということがあります。次回のセッションに持ち越し、、または、体のプロセスの継続の結果、次回のセッションまでにそこは解消している(※)、と言うことはよくあります。

 

ロルフィングの10シリーズでは、ある一定の時期やたら眠る、、という時期を経験する方もおられます。これは、体がプロセスを継続していくための休息を取るためということもあるからだと思います。

 

何が治癒を促しているのか?誰が治すのか?

施術者が施術をして、体が治っていったり変化が起こったりする。と、施術者が体を治しているかのような錯覚が起こると思いますが、実際には何が治癒をしているのでしょうか。

  • 施術者は何にもしていない。

先の項目でお話ししたように、施術者は意図を使えません。体の治癒の流れのままに、完全に従うことしかできない。体の治癒の流れの道筋を知覚すること。そして、それに従う。では、何に従い、何が治癒を促しているのか。

 

『その鎖骨は、直接右にシフトして行って戻るのではなく、、 そっちに行って、次にそっちに行って、 もわーん、たわんで、つぎに、指先の方が反応と解放が起こってから 腕の方に流れができて、鎖骨が本来の位置に戻ってくる。 そして、鎖骨の流れが治癒を続けていく、 、、。』

 

治癒の流れがあるのです。それは、いろんな側面から見ることができますが、一番わかりやすいのは、代謝の流れ。その流れが治療する。衝撃を受け、ぎゅっと圧縮されていたもの、それに関連して、、いろいろなところが影響をうけていた、指先まで、、それら閉じていた流れが、ふたたび開き、流れ出す。。その流れが、その勢いのままに、治癒を続けていく。たとえば、呼吸、、呼吸は横隔膜で行われますが、全身にその動きは波及します。もちろん肋骨も、、胸郭、、首、頭、骨盤底、膝、、足裏、、まで膜組織は連動して動いています。呼吸の制限が解消されるとき、これら全ては変化します。1日に1万回呼吸をすると、、その動き自体がマッサージをします。それと共に、血液やリンパの循環も起こります。滋養が行き渡り、毒は排出され、生命活動は増していく、免疫は高まる。。

 

施術者が施術しているのは、閉じてしまった流れを回復するように、そのように施術はされていく。それが基本です。流れが治療する、、だから、次回のセッションまでに自然と問題は解消していることも多いのです。

 

治癒は直線的ではない。

鎖骨が左にずれてるから右に戻す、、ではうまくいきません。

 

『その鎖骨は、直接右にシフトして行って戻るのではなく、、 そっちに行って、次にそっちに行って、 もわーん、たわんで、つぎに、指先の方が反応と解放が起こってから 腕の方に流れができて、鎖骨が本来の位置に戻ってくる。 そして、鎖骨の中心を流れる流れが治癒を続けていく、 、、。』

 

このように、左にずれたものを右に治す、といいうように治癒の流れは進まず、その過程にはさまざまな場所で反応が起こり治癒のプロセスはつづき、やがて鎖骨が本来の位置に戻ってくる。そのプロセスでたどった場所全ての流れが回復する必要があるのに、ずれたものを戻すという発想ではその場は良くても長くは続かなかったりどこか別の場所で問題がでるかもしれません。

 

なので、こういったワークの特徴としては、その場ではすぐに結果が見えなかったり(すぐ結果が出ることも多いですが)、評価はされなかったり、、することは多いと思います。数年後、数十年後、どうなっているか、くらいのスパンでも結果は変わってくるかもしれません。

 

すぐに結果を出したり、わかってもらうための施術をする業種と、そうではなく治癒を促す業種、同じボディワークの分野でも分かれると思います。どちらも、必要ですが、対象が違うかもしれません。どこにいっても原因不明、どこに行っても治らない、、そういった方が辿り着くのが治癒の道に沿うというやり方かもしれません。

 

つづく