プロフィール


岡田邦宏(おかだくにひろ)

・米国Rolf Institute 認定ロルファー

・ロルフムーブメント認定プラクティショナー 

・バイオダイナミクス・オステオパシー

・バイオエナジェティック・オステオパシー


現代人は、”本当のこと”から離れてしまってますよね。文明により大自然から離れ、その背景にあった大切なものから離れました。わたしのロルフィングもバイオエネジェティック・オステオパシーも再びそこにつながりなおすような施術でありたいと思っています。

 

完全なものはあなたの内側にある。最も深いところに。

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想像することや信じることではなくってありありとした現実、リアル。

ロルフィングの学校卒業後は、9年間の学びのバイオダイナミクス・オステオパシー、バイオエナジェティック・オステオパシーを学び始めました。

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それから10年後の2026年、ヨーロッパのオーストリア🇦🇹(オーストラリアではなく)に最終の講義を受けに行ってきました。

 

ただ学ぶというのは、頭の世界ではないんだな、自分自身が変わっていくことだな。と、感じています。どんな分野でも同じでしょう。あなたも。別物や誰かのようになるのではなく、完全なものはすでに内側にある。そういう世界に、辿り着くひとつの方法としてロルフィングやバイオエナジェティック・オステオパシーの施術を使っていただければと思います。

けっこう好きな本

 『旅をする木』星野道夫

旅をする「本」と思って買ったら「木」でした。アラスカの原野を撮った写真家の短編集で、たまたま開いたところを読んだりしてました。24歳の時、初めての海外旅行へ持っていった本。アテのない3年間の旅行に出るきっかけともなった本です。

 

『ねじまき鳥クロニクル』村上春樹

ストーリーはあまり覚えてないかもですが。。印象的なのは「井戸」、「羊男」、「間宮中尉」。

井戸の深さと闇。どこに繋がっているのでしょうか?そこに降りていくこと。

羊男のたたずまい。好きです。 間宮中尉。井戸の底で焼き尽くされた自己。

そこから抜け殻のように生きたとのことですが、本当はそこが純粋な生命の力に触れる場所。

純化のきっかけ。ギフトなのだと思います。

己の培ってきた、作り上げてきた、今まで築き上げてきた枠組みが全て流れ去り、その後に無惨に残されたもの。そこがやっと始まりでした。命の力は身体の奥底に途切れることなく常に流れています。そこに触れること。そのことと自分のボディワークへの姿勢が重なります。

 

『アルケミスト』パウロ・コエーリョ

前兆。宇宙の流れ。これは旅をしていたら特に感じますよね。出会い。

 


略歴

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・2000年、初めての海外旅行。

神戸から上海へ新鑑真号でわたり、陸路で南アフリカの希望峰まで。3年間のバックパッカー。
インド、チベットが印象的、体と心に興味を持ち始める。

・2004年、帰国後、整体師として働き始める。

硬いところをギューっと指圧、なかなか解れるものではない。ほぐしてもすぐに戻る。
体が変化する、そして、変化が継続していくような『身体の理論』のようなものがあったらな。

・2006年、ロルフィングとの出会い

2度目の海外旅行、アメリカへ。サンフランシスコのアルカトラズ島〜ワシントンD.Cまで歩くというネイティブアメリカンのウォークに参加する。ネイティブにとって歩くとは祈ること、らしい。その道中、ロルフィングに出会う。
身体の理論があり、レシピに沿って施術される。体が重力と調和する。変化は継続し、元には戻らない。

・2008年、ロルフィングトレーニング、Unit1:アメリカ、ボルダー

同年、京都でもUnit1のトレーニングがあり申し込むが、キャンセル。「今日からあなたはロルファーです」て言われても困る。何もできないだろう。
想定外だけど、アメリカに行けば卒業する頃には何者かになっているかもしれない。

・2009年、ロルフィングトレーニング、Unit2:アメリカ、ボルダー

ここで、クラニオセイクラル・バイオダイナミクスと出会う。ロルフィングのトレーニングのクラスで、初めの1週間で原理原則を習います。その期間に少しクラニオセイクラルのデモセッションがありました。静かな不思議な世界。
クラニオセイクラルは、のちにオステオパシーのバイオダイナミクスから一部が抜粋されたものだと知る。2016年から始まるバイオダイナミクス・オステオパシー、バイオエナジェティック・オステオパシーへの9年の学びに通じる入り口となった。

・2010年、ロルフィングトレーニング、Unit3:ブラジル、バハドサヒ

なんと不合格!というか、条件付きの合格。2010年の12月だったと思います。その当時の講師は、ソマティックエクスペリエンス(SE)というトラウマワークの講師でもありました。わたしは当時は人と会話できません、人としての柔軟な神経系を持たず、この社会ではうまく機能できませんでした。すぐにフリーズする、ボーッとする。マシな状態で頭痛い、吐く。
日本に帰国し、まずはSE(トラウマワーク)のセッションを受けること。そして、クライアントと会話ができるようになれば、二人のモデルクライアントにロルフィングの10シリーズを施術し、レポートすること。それが、ロルファー認定の条件でした。たったそれだけ、誰でもすぐできる。しかし、フリーズしてるわたしには、できない。

・2014年、ロルファーとして認定される

ブラジルでのUnit3終了後、2年半ほどトラウマワーク(ソマティックエクスペリエンス(SE))のセッションを受けました。それから、軽く触れるだけのロルフィングの施術の方法(イールドワーク)を学び、受けもしました。ですので、私のロルフィングのキャリアの初期ではイールドワークで施術をしていました。さらに2年ほど経ち、だんだんと動けるようになってきました。そして、Unit1に参加してから6年半ほどで、ロルファーと認定されました。通常は日本でトレーニングを受けていれば1年半ほどで認定されますので、ずいぶん時間がかかったことになります。

・2014年〜2016年、ワークの統合期間

クラニオセイクラル・バイオダイナミクス、ソマティックエクスペリエンス、イールドワークなどを学びました。これらが初期の主なワークでした。
そして、オステオパシーのバイオダイナミクスに出会い、その他の全てを止めて9年間の学びに入ります。
ロルフィングの10シリーズで使う手法も、イールドワークをやめました。そして、バイオダイナミクス・オステオパシー、あるいは、バイオエナジェティック・オステオパシーを使うようになりました。

・2016年、バイオダイナミクス・オステオパシー、Phase1:日本

生命の根源へ。
以降、毎年日本でPhase8までコースを受ける。
途中で名称をバイオエナジェティック・オステオパシーと改められる。

・2026年、バイオエナジェティック・オステオパシー、Phase9:オーストリア

9年の学びの完結
20年以上毎年日本に教えに来られていた先生がご高齢ということもありもう日本には来られなくなりました。今ではドイツ・オーストリアのみで教えていますので、最終のコースを学びに行ってきました。

 

2026年の旅

2026年、バイオエナジェティック・オステオパシーの9年の学びの最終フェーズをヨーロッパのオーストリア🇦🇹(オーストラリアではなく😃)に受けに行ってきました。

 

 

そこはモーツアルトが活躍した場所、ウォルフガング湖のほとりでした。未知の領域にふれ、帰ってきました。

 


 

2つの講義を受け、その間に5日間の空き時間がありましたので、イタリアのアッシジに行ってきました。聖フランチェスコが活動していた地です。(Brother Sun, Sister Moon という映画を見て気になってました。)たまたま、800年間で初めての遺骨の拝観の時期と重なり最終日に行くことができました。

 

 

そして、ラ・ヴェルナという山の僧院にも行ってきました。聖フランチェスコが聖痕を受けたという場所です。

 

 

帰りにはトルコのコンヤに寄り、イスラムのスーフィーのマスターであるルーミーの廟に行ってきました。その後、インドにより19年ぶりのダラムサラに行ってきました。

 

9年の学びの最終フェーズ、そして訪れた各地。まるで巡礼のような旅でした。ただただ施術をしたい、そんな気持ちです。

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バイオダイナミクス、途中からバイオエナジェティック・オステオパシーと名称を変更した9年の学び
最終フェーズをオーストリア🇦🇹(オーストラリア🇦🇺ではなく。)まで学びに行ってきました。

学び始めたのが2016年なので、10年が経ちました。

3年前までは先生が日本に教えにきてくれていましたが、いまはもうドイツ・オーストリアだけで教えています。なので、オーストリア🇦🇹まで学びに行ってきました。(とにかく物価がすごくて!)お金もそこをつくだろうし、帰ってきてからのことは、全く考えず。そこでおわり、でもいいや。て感じで行ってきましたが。

帰ってきた直後は「もうやりたいことだいたいやったし、もうええか。」くらいの感じでしたが、今ではちょっと変わってきてます。帰ってきて、施術がはじめは変わっていることがわからなかったのですが、すごい変わっていることに気がつきました。何か表面的にすごい変わってはいないのですが、根本的に違う。

こんなこと、よく教えたなあ〜。🤔

て思います。10年経って、わかること。ですねえ。その間の生き方だったり人生にあるいは世界に対する姿勢みたいなものが、そのスキマで変わっていく、て感じで。結果として、10年後にこうなっていた。そして、ここが結果で終わりというわけではないこと。

その意味は?

最終フェーズを終えて、「オステオパスとは?」という問いが芽生えていました。ただ治療の技術や不思議な、、物質とその背景にある世界観だけではない、、なに?

・・・今はまだわかっていませんが、すこし感じ始めているのは、・・・。授業には教科書ないんですが、今回は資料みたいなのもあって。その中に、古いオステオパスの写真があったのです。その写真からやってくる印象が、今の一つの答えとなっています。

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言葉ではちょっと難しいのですが、これからは治療していこう。ふつうにただただその場にある治療をしていこう。たとえば、農夫がただただ野菜を育てているように。そこに損得勘定とか、売るためにとか人に見せるために、とか、世の中で生きていくために、とかのない、もともとの普通の農夫。お天道様があって、水が流れていて、草が生えている。虫がいて、動物がいて、畑で目の前の植物を育てている。そんな感じに、見えましたよ。

世界を変えたい?人生を変えたい?

古いオステオパスのように、古い農夫のように、それが、一番世界を変えていくんだろうと思いましたよ。

 

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