わたしのワークと考え方
わたしのワークがその他の多くの施術やセラピーと違うのは?あるいは、その他全ての分野に共通するのは?
あなたはその本質において完全である。
それを「ダイナミックスティルネス」と呼んだり「健全」と呼んだりします。
それは、エゴ(個性、パーソナリティー)の範囲を超えています。命そのもの、のことです。
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エゴ(思考、感情、肉体)は、”いのち”に付随していますが、それは命そのものではありません。いのちの周りに覆うように段階的に層をなすように存在している覆いのようなもの。
ゾーンA,B,D(肉体、感情、メンタル)は、あなたの本質ではありません。エゴを形作るただの覆いです。
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それは、後付けにくっつけられたもの。過去の傷だったり、親や社会から刷り込まれたもの、本当のあなたではない、といいます。
本当のあなたはそのエゴの覆いの先にある。「ダイナミックスティルネス」と呼ばれる領域です。神道なら分御霊、というでしょうか。
何かよいものを追加したり、修正したりするのではない
問題は傷や歪みや澱みは、、すべてエゴの領域(思考、感情、肉体)にあります。「ダイナミックスティルネス(いのち)」の領域には傷はありません。完全ですから。生まれたばかりの赤ちゃんのように。
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その問題、傷や歪みは元々はなかったものです。それらは、外部からやってきた衝撃のエネルギーです。感情的であれ物理的であれ。つまり、あなたは元々完全で、エゴの領域(ゾーンA,B,D、あなたという我)も元々は透明で何も傷もなかった完全な姿をしていました。生まれたばかりの赤ちゃんのように。光そのものだった。
だとしたら、そのゾーンA,B,Dが癒されるとは、つまり、外部からの衝撃のエネルギーが外側に去っていくこと。すると、あなたのフィールド(ゾーンA,B,D)は透明にキレイになっていく。すると、内奥の光、健全の光が、あなたの中心の最も深いところ(ダイナミックスティルネス)から広がり放射していく。
あなたは、あなたの本来の姿に近づいていく。
それが、自己治癒の方向性です。
何か良いものを入れたり、修正しに他人が手を突っ込むのではないのです。
完全なものは内側にある
外側からいいものを入れるのではなく、内側から「完全」が広がってくる。
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それが体の自己治癒力の方向性ですので、施術者は意図を使いません。こうしたいとか、これが正しいというのを外側からあなたの中に入れることはしません。
これがよいとか、ここを修正する、などと意図的にやると、ゾーンA,B,Dの領域に新たに意図のエネルギー(異物)を注入してしまいます。外部からのエネルギーが入ってしまう。体の本質、あなたの本質の完全なエネルギー、最も透明で汚れのないエネルギーにとっては、どんな”意図”であってもそれは異物でしかありません。邪魔です。
どんなにいい感情や思考でも、エネルギーのレベルは低い。命そのものには程遠い。
いのちに完全に従う
あなたの内の最も深いところにあるもの、それを「健全」と呼ぶとしましょう。あるいは、いのち、と。もしかしたら、神聖とか呼べるかもしれない。それは、生命の叡智、私たちを生かし、常に働いている力。自己治癒の力のある場所。
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傷を負った時、感情的であれ物理的であれ、その瞬間(のちょっとまえ)から癒しは始まっている。自己治癒はその瞬間から働き続けている。全てを知っているのは体の叡智。
いらんことしない。治そうとか、よくしようとか、しない。助けたいとか、あなたのために、とかいらんのです。想いや思考はいらない。邪魔になる。命は完全な計画を持っていて、それに従って、完全な癒しのプロセスを始め、働き続けている。そこに、人の意図が介入する時、邪魔になる。そのときは良く見えても、かならず、どこかで矛盾と混沌が始まる。だから、人は手を出すな。意図を使うな、想いや思考や理論から手を突っ込むな。と、言われます。
では、どうすれば、施術ができるだろう?
その命の治癒の道に完全に沿うこと。いらんことしない。意図を使わない。理論理屈、感情、思考は持ち込まない。まず、その命の叡智にシンクロする。そのものになる、、すると、命から指示が来る、ここを施術しなさい。と。そのとき、知識や理論理屈テクニックが使える。それを動かしているのは、わたしの(人間の)意図ではなく、体の叡智だから。比喩的にいうと、そのようになります。
春になったら花が咲く、そうさせるものと同じものが我々の体にも働いている。
それをみつけ、それに従う。
