”あなた”という存在とは?

〜 人の体と世界の相関 〜

 


表層から順に、人や地球には「①ゾーンA、②ゾーンB、③ゾーンD」というカラダ(フィールド)が存在する、と思ってください。

比喩的に説明してみます。

 

これら3つのカラダはそれぞれ重なり合って存在しています。

それぞれは、密度や広さが違いますが、すべては、中心軸から始まり広がっている。

 

①ゾーンA:【物質。肉体。理論理屈。密度が濃い。】

↓ つづきを見る

 →早いリズム:(人間の理屈の世界)

②ゾーンB:【液的。代謝。感情体。密度は薄い。

↓ つづきを見る

 →まあまあゆっくり:2〜3回/1分のリズム(感情の世界)

③ゾーンD:気体的。自然界。メンタル体。密度とても薄い。

↓ つづきを見る

 →ゆーっくり:1回/100秒のリズム(自然界)

 

※それぞれのカラダは呼吸のような拡張/収縮のリズムを持っていて、手で触れて知覚できます

 

人間の理屈や感情は、自然界には通用しない!

 

 

人の理屈(ゾーンA)や気持ちや想い(ゾーンB)などとは関係なく、自然界(ゾーンD)はその秩序に従って流れていく。

↓ つづきを見る

どれだけの理屈や思いがあっても、関係なく太陽は動いていくでしょう。理屈や思いに関係なく。

 

もし仮に!

 

人の理屈(ゾーンA)や気持ち(ゾーンB)を自然界(ゾーンD)に当てはめようとすると?

必ず(!)混沌や矛盾が起こります。そして、崩壊に向かいます。

周りの自然界、地球環境を見れば一目瞭然ですね。

 

人の理屈と想いは、地球を壊してしまいます。

「良い想い」ですら、『自然界の秩序に沿わないとき』地球を壊してしまいますよね。

 

では、どうやったら秩序を乱すことなく、自然界(ひとの体)を癒すことができるのでしょうか?

人間の理屈(A)や人間の感情(B)から、自然界(D)に向き合わないことです。

↓ つづきを見る

こちらの写真は、コンクリートの側溝です。
直線的な構造は自然界にはありませんので、そのままではドブ川化します。臭いますし澱みます。

しかし、自然界をよく観察し、その秩序に従うと?

たとえば、コンクリートの側溝のなかに、自然界の秩序を回復します。自然界に倣いS字の蛇行曲線を作ります。すると、澱み止まっていた流れが流れだし、臭いは消え淀みは清流になり、、やがて植物が生え生き物がやってきます。(←その蛇行曲線の形を作るだけで傾斜も何も変えていないのに。※こちらの写真は大地の再生の矢野智徳さんのワークショップに参加した時のものです。)

自然界の秩序に沿うこと。その際には、人の理屈や感情は捨てる。まず、自然界の秩序の目線に立つ。
その時初めて、やっかいだった理屈や思いが有効に使えます。
その理屈や想いは”自然界の秩序”に支えられ、その『自然界の秩序』に完全に従い沿う時にやっと役割を果たすことができる!

人の役割は、そのコントロールやパワーにあるのではありません。
人のコントロールやパワー、つまり、理屈や感情が、
自然界の大いなる秩序から離れて、暴走した時には破壊をもたらします。

人の役割は、その大いなる自然界の秩序に従う時に
初めて発揮されるのです。

つまり、癒しを起こすことができる。
※癒しを”起こす”といっても、人が起こすのではなく、自然界の秩序が働きはじめるということです。

 

 

同じことが人の体にも言えます。

 

施術者やセラピストは、そのパワー(理屈、感情)を使うことは決してあってはならない。

ただ、自然界の秩序を見つけ、それが現れ流れていくことを目撃するだけ。観察者であるのみ。

何もしない、なにもできない。そういうひとになること。

 

見つけるのは、自然界の秩序。

カラダの中に流れる、自然界の秩序をみつける。

↓ つづきを見る


さて、では「自然界の秩序」はどこにあるのでしょうか?
自然界を司る世界、それは「自然界(D)」の背景にあります。

ゾーンA,B,Dのその先があります。

それが、私たちを構成するすべてを捨て去った時に残るもの、です。

いのちの秩序に触れるためには?人間の理屈や感情を捨てなければなりません。それを持ち込むことは汚すことになってしまうから。

 

Copyright © 2014-2026 Kunihiro Okada. All Rights Reserved.