神経系とトラウマ


わたしの知っている神経系から見たトラウマの仕組みと解消についての参考情報を書いてみようと思います。


 

トラウマとは神経系を巡る未解放のエネルギー

 

トラウマとは出来事そのもにあるのではなく、その衝撃のエネルギーが体を巡っている。トラウマとは考えや感情など、捉え所のないものではなく、物理的に神経系が高活性化状態、エネルギーが巡り続け休まることのない状態に恒常化している、のです。

 

11:40から、しろくまをヘリで追いかけ、麻酔銃を打ち込みます。 13:18あたりで、しろくまが麻酔から覚める様子が撮影されています。麻酔から覚める時、トラウマのエネルギーである神経系の活性化を解放(脱活性化)している様子が撮影されています。

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凄まじいエネルギーが体の中を巡っていたのです。これが解放されなければ、体の中を巡り続けるエネルギーは溜まり続け、休まることはありません。トラウマ化です。トラウマとは思考や感情ではなく、体に残ったエネルギーと見ることができます。

 

  • トラウマとは出来事にはない

トラウマ、というとみなさん”心の傷”みたいなものをイメージするのではないでしょうか?

 

その傷が、あるからこんな行動をしてしまう、自由さを奪われている。でも、それはたぶん、二次的なもので元にあって制限をかけているのは体に残る衝撃のほうです。

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そして、それは出来事には関係がない。身体のレベルになると、善悪の判断や内容は関係ありません。そこにあるのは、質感、衝撃の大小、波長、粒子感。。”身体感覚”です。身体に残った衝撃、それが心の傷の元、トラウマの本質、と考えてみることからわたしの知る情報を書いていきましょう。

 

 

  • 進化の過程と、脳の構造

人間になるまでの進化の過程、、脳は脳幹→辺縁系(?)→大脳の順に大きく3つの段階で進化してきました。それぞれ司る情報が違います。

 

脳幹は”身体感覚”を司り最も古い脳。辺縁系は”感情”を司る。大脳は”思考”を司る。

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これはロルフィングのトレーニングの時だったか、ソマティックエクスペリエンスのトレーニングの時だったか定かではないですが、このような脳の構造の話を聞いたことがあります。

 

 

  • 脳の情報の道筋

外界からの刺激は、脳幹(身体感覚)→辺縁系(感情)→大脳(思考)の順に高次の脳に伝わっていきます。

 

つまり、思考がある時は感情が必ずある。感情がある時は身体感覚が必ずある。のです。『思考や感情があるとき、必ず身体感覚がある』

 

 

  • トラウマとは出来事にはない

ある衝撃があり、トラウマ化したとします。トラウマの出来事は、どのように体にトラウマ化されるのか?それは、衝撃として体に残っている。つまり、脳幹に。

 

脳幹=身体感覚を司る部位です。そこに、思考や感情からのアプローチをしても、脳の構造上、届かないのです。

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思考を扱うトークセラピーや感情を扱うセラピーではトラウマの原因になかなかアクセスできず、トラウマのエネルギーが溜まっている脳幹にアクセスするには、本質的に体にアプローチする必要がある、という考え方が身体感覚からアプローチするトラウマワークです。

 

 


トラウマ化する仕組み、ポリヴェーガル理論

 

  • ポリヴェーガル理論

神経系のトラウマワークにはポリヴェーガル理論という多重迷走神経に関する理論が土台になっています。

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簡単に説明すると、動物の生存戦略について、観察すると神経系の状態は3つの状態があることがわかります。その3つの状態がトラウマ化と密接な関係があります。

 

 

  • 生存のための3つのモード

野生動物は生き延びる戦略として神経系は3つの活動をしています。①安心安全モード、 ②逃走/闘争モード、③フリーズモード

 

①安心安全モード腹側迷走神経が優位=社会性があり、平和な状態②逃走/闘争モード交感神経が優位=危険に対して対処している状態、興奮状態)、③フリーズ背側迷走神経が優位=死んだふり、硬直あるいは弛緩、気絶、仮死状態

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①安心安全モード、②逃走/闘争モード、③フリーズ、この3つのモードはそれぞれ支配している神経系が異なります。物理的に体を巡る神経そのものが違います。

 

 

  • 脅威に出会った時

自然界で野生動物が脅威に出会った時、①「安心安全モード」から②「逃走/闘争モード」に移行します。交感神経系は活性化します。

 

どんどん高まりますが、逃げ切れたり戦いに勝利したとき、そのエネルギーは使い果たされ体には残りません。ですので、トラウマ化もしません。

 

 

  • フリーズしたとき

一方、もし自然界で脅威と出会い、②「逃走/闘争」しても失敗した時、、最後の手段として③「フリーズモード」に移行します。死んだふりです。

 

この時の神経系の活性化状態、エネルギーの状態は異常に高まっています。

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その仕組みは、②「交感神経」がどんどん高まりつづけ、ますます高まります。→しかし、逃げきれない時、活性した「交感神経」をフリーズモードを引き起こす③「背側迷走神経」をさらにより活性化させて押さえ込みます。そして、フリーズするのですが、この時の神経系の活性化状態は、、もう焼き切れた、という感じでシャットダウンしてます。(アクセル全開だがブレーキ全開で無理矢理止めている。)逃げるための激しく活性化した②交感神経+それを抑え込むためにさらに活性化した③「背側迷走神経」、、とんでもないエネルギーが神経系を巡っています。走って逃げているより全然高い状態。

 

 

  • 野生動物はトラウマ化しない

野生動物はトラウマ化しません。フリーズして敵が死んだ獲物は食べない、と去った時に、仮死状態から復活します。

 

そのとき、体に巡っている異常なほどの高活性化エネルギーを全て解放します。

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そのとき、震えたり、涙を流したり、あくびをしたり、、して脱活性化するのです。エネルギーは解放され、通常モード、腹側迷走神経が支配する①「安心安全モード」に自然と帰ってくるのです。

 

 

  • トラウマ化する人間

一方人間は、大脳が発達しているがため、脱活性化の機会を逃すことが多々あります。つまり、異常な活性化状態、危機状態である死んだふり(フリーズ)状態のまま、日常に帰っていくのです。

 

トラウマを抱えたまま。すぐには気がつかなくても、だんだんなんかおかしい。うまくいきられない。

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 人目があるから泣かない、とか、こけて恥ずかしいからその場をすぐ立ち去る、とか。あるいは、医療の麻酔、神経系はフリーズした上に切られたりしています。そこから帰ってきた時に脱活性化をしないまま日常に帰ります。

 

 

  • 活性化のエネルギーのすさまじさ

シロクマが麻酔銃で撃たれてから、目を覚ます時に脱活性化を行っている映像があります。

 

どれほど凄まじいエネルギーが体を巡り続けているのかがわかりますね。

 

11:40から、しろくまをヘリで追いかけ、麻酔銃を打ち込みます。 13:18あたりで、しろくまが麻酔から覚める様子が撮影されています。

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身体システムのシャットダウン

ヘリで追いかけられ、交感神経は高い活性化状態となります。その後、麻酔を打たれることでシステムはシャットダウンされます。このとき、交感神経の高い活性化は解放されないまま閉じ込められ身体システムの中で回りつづけています。

脱活性化(目覚めへの解放)

麻酔から覚める時、しろくまはしばらくの間、震え続けます。これをdischarge(脱活性化)といい、閉じ込めれれていた神経系の高い活性化を解放しているのです。 自然界の野生動物はこの脱活性化を自然と行い、神経系の活性化レベルを通常状態の健康な状態にまで戻します。




 

トラウマでしんどいとは、過去の出来事にあるのではなく体が今そういう状態なのだ

 

  • その状態で生きるのはしんどい、帰ってきたい

ポリヴェーガル理論でみたように、トラウマ化した時は神経系が異常に活性化して日常モード、安心安全モードには帰ってきていません。

 

常に高活性化の危機モードで、日常を生きている。

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走り続けるよりずーっとしんどい状態を常に維持しながら生きている。その状態で生きるのはしんどい、、帰ってきたい。

 

 

  • 体と心の考察

高活性化状態の神経系、やむことのない巡り続けているエネルギー、休まることのない、、この体の状態。、、その活性化状態で考えること、感じること、、思考と感情。生きること、、連動してはいまいか?

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交感神経が活性化している、、イライラしたり焦ったり心配したり。。さらに高いフリーズ状態、、動けない、、無感動。なにもない。

このように生きている状態から、帰ってこられるのです。

 

 

  • トラウマからの回復、2つの目的

トラウマからの回復には2つの目的があります。ひとつは、神経系を巡っている高活性化のエネルギーを少しずつ抜いていくこと。脱活性化。もうひとつが、刺激でめちゃくちゃに反応してしまう神経系を「柔軟な安心安全モード」にいられる健康な神経系を手に入れること。

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過去を思い出したり、感情に整理をつけようとかではない。(←余計に活性化を高めてしまい、逆効果です!!)体に残ったエネルギーを少しずつ解放していくこと、柔軟な神経系(安全安心モード)で生きていけるように神経系が変容すること、が目的です。

 

 

  • 脱活性化の方法、少しずつが鉄則

トラウマ化された神経系を癒す一つの方法が、脱活性化。溜まったエネルギーを、少しずつ抜いていく。しかし、ここで注意が必要。

 

一気に大量に解放すると、逆にトラウマ化する。

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ダイエットのリバウンドのように、体は一気に変化しません。対応できず、逆に振れます。ですので、神経系の脱活性化は、少しずつ少しずつ。タイトレーション、と呼ばれるのですが、1滴ずつ、1滴ずつ、刺激を与え脱活性化していきます。少ないほど効果がある、とされます。

 

 

  • 柔軟な神経系をつくる

トラウマ化された神経系の特徴は、少しの刺激で一気に活性化状態が上がってしまうことにあります。これはしんどい。

 

トラウマワークの真の目的は、柔軟な神経系(日常を危機状態ではなく、安心安全モードで生きられること)を取り戻す、ことにあります。”解放”そのものが目的なのではない!解放が目的で真の目的を見失うと逆効果になる。

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不健全な反応をしてエネルギーを消費してしまう状態から、安心安全モードである柔軟な神経系を取り戻すこと、これが1番の目的でしょう。

ちょっと物音がした、、健康な神経系だと、それが何か確認できると(虎ではなく、コーヒーカップがちんと鳴っただけ)交感神経が活性化してもすぐに自然と脱活性化がおこり、安心安全モード、通常モードに帰ってこられるのでしんどくないのです。が、トラウマ化した神経系は一気に活性化が上がりなかなか帰っては来られません。

 

 


 

再トラウマ化してしまう解放ワーク

 

  • 解放ワークは危ない

巷に溢れる解放ワーク、みんな興味を持ち集まります。が、この神経系の観点から見ると、解放はあぶない。

 

そのとき、一時的によく思えても、長期的には不健全な神経系を作っていくトレーニングになってしまっている。再トラウマ化している。

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脱活性化はほんの少しずつ、ほんの一滴ずつすべき。(体は一気に変化しません。急激な変化にはリバウンドが来ます。急激な解放はトラウマを追加しています。)なのに、踊り続けたり、大声を出したり、物を殴ったり、目を見つめ続けさせたり、、神経系を活性化させることで解放させようとするワークがほとんどですね。ポリヴェーガル理論をみてください。活性化させ続けたら、、フリーズモードにシフトします。死んだふり、気絶のモード、、ここは脳内麻薬がでて(死ぬ状態)安息を得たり、解放を感じたりもします。エネルギーの再追加、、トラウマは解放されたようで、追加されています。

 

 

  • 出来事や感情にフォーカスしないこと

出来事を思い出させたり、感情にフォーカスしたり、どれもエネルギーを活性化させ再トラウマ化させます。

 

それらができるのは、十分にキャパシティができ、耐性とサポート、滋養を与えてくれるリソースがあること。それなしには、出来事や感情をみることなどできません。

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準備ができた時、対象にアクセスすることができる。しかしそれは、感情の爆発や興奮状態を伴いません。それは冷静で静かで美しい情景。感情の爆発や圧倒はありえません。多くの解放ワークは圧倒されボーッとするまで活性化させ、解放と勘違いしている。

 

 

  • 必要なのは解放ではなく統合

解放されることを目的としていると、フリーズモードに入りがち。必要なのは、健康な神経系を取り戻すこと。

 

安心安全モードで日常を過ごせること。不安に移行してもすぐに安心に帰って来られること。

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必要なのは、解放ではなく統合、まとまりをもって人としての存在を全うできること。ボディワーク、ロルフィングと同じですね。

 

 


 

しかし、神経系が全てだとは思わない

 

  • 神経系は人の存在の一部に過ぎない

神経系は体の一部であり、我々の行動やあり方に大きな影響を与えています。このことを考慮することは大切です。しかし、人の体は神経系だけではありませんし、人の存在は肉体だけでもありません。

 

神経系は考慮すべき大切なものであり、有用な情報でもありますが、それが全てではない、と思います。

 

 

  • それ以上のものがあるのもまた事実

あなたがやっているワーク、受けているワーク、、それが本当はどういうものなのか、神経系から見た情報は一つ有益な見方です。それを見つめ直してみるのはいいことだと思います。しかし、人の存在、体の変容は、、もっと大きな器の中で起きていることもまた事実です。

 

癒しが起こる地点、変容が起こる地点、もっと大きな何かが介在している地点。そういったものをソマティックエクスペリエンスでは考慮していません。事実、この世界でリアルにそれは有益か、人の役に立っているか、傷つけはしていないか、リアルの現実をもう一度見直し考察してみると(わたしも含めて)良いと思います。

 

 


 

わたしのトラウマからの回復、体験談

 

  • 二十歳前後の2年間

一浪して地方の国立大学に入学、1ヶ月後の5月から引きこもり。誰にも会わず、誰とも喋ることなく、一人暮らしのマンションから出ることなく、、ずーっとひとりでうずくまっていた。ただ冷たいベッドの上で寝てる。うごけない。2年間。フリーズ。なにもない。

 

  • 3年間の海外旅行

大学を2年引きこもり後、1年間の休学、、アルバイトでプログラマとして働き、1年後に社員となる。大学は中退。人と話せない。キンチョーして、、どころではない。大学で引きこもり時代から、星野道夫の世界に憧れていた。あと、沢木耕太郎の深夜特急も読んでいた。海外にいけば、何かあるかもしれない。日本にはもう何もない。社員になり一年後、海外に出るつもりだった。怖い。初めての海外旅行。退社。、、しかし、怖くて出られない。死ぬかもしれない。失業保険を1年もらい、、2000年が終わるころ、2000年12月26日、、20世紀が終わってしまう。出なければ!

神戸から新鑑真号で上海へ、バックパッカーとして3年間、南アフリカの希望峰まで陸路で行き、その後上海まで行き船で帰ってきた。主にアジア、インド、チベットが印象的。体と心とスピリット。向こうにはスピリット、宗教が自然にある。人間以上の何か、知っていること以上の何か、、存在があるのかもしれない。2004年11月帰国。3年の旅が終わる。3年間の旅は自分を変えた。もう大丈夫。

 

  • マッサージを始める

帰国後、都内でリラクゼーションサロンで働き始める。形態は指圧、硬いところをほぐす。強圧で、硬さをくだく。しかし、なかなかほぐれない、ほぐれても、すぐ戻る!なぜ?理論がわからん。無秩序に、ただ硬いところを押し、ほぐすだけ。ほぐれない、ほぐれてもすぐ戻る、繰り返し。繰り返し。

 

  • ロルフィングを知る

あるとき、スピリチュアルな雑誌みたいな特集のがあって、知人に見せてもらった。そこにロルフィングも特集されていて、60年代か70年代の古い本。”トラウマの解放に有効、ロルフィング”みたいな感じ。トラウマ?解放?、、めちゃ興味ある。解放されたら、自由になれるのに!!!

 

  • 帰国後の世界

3年間のバックパッカーから帰国し、家賃2万3千円のアパートで暮らしてました。アジアのバックパッカー時代からそんなに違和感なく。スピリットのことやネイティブアメリカンのことなど繋がりもできてきて、その辺りのことも探求してました。ちなみに、そのアパートはチベットのラサで出会った人の紹介で住み始めました。

 

  • トラウマ解放ワーク!!

このころ、家具などの傷を直す補修の仕事をアルバイトでもやっていました。その方繋がりで、トラウマ解放のワークおすすめ、そして参加しました。すごい、良いように思いました。解放された感、がすごいし。内容は、目を見つめあったり、座布団や新聞紙を殴り続けたり破り続けたり。。吐きながら。叫びながら。何かが突き抜け、意識が変わり、、自分は完全な状態にシフトしました。浮遊感、完全感。

 

  • トラウマ解放ワークの後

しかし、それは続かず、徐々に横隔膜のあたりがざわざわし、2、3日後から全く元に戻った。。時間が経つほどより悪くなっている感じがする。繰り返しそれに参加している人もいる。さらに上級コースへ?調子がどんどん悪くなる。(繰り返し、繰り返しが必要になってしまうのは、今になったらわかる。より悪くなっていくのもわかる。)

 

  • アメリカへ!

2006年、デニスバンクスが率いる、Sacred Run2006があると近所のおじさんに聞く。そのかたは60年代にお坊さんだった頃に参加したらしい。わしの羽を預かった。参加しよう。デニスバンクスはネイティブアメリカンのシャーマンらしい。とにかくアルカトラズ島へ。サンフランシスコの。誰も知らず、どうやって参加するか知らんけど、とにかくその地へ行きました。その日時に。アルカトラズ島はネイティブアメリカンの聖地ですが、かつて白人による監獄として使われていた島です。島に着くと人がいっぱい。いやー、どないしたらええのん?話しかけづらいしー。英語あんましできへんし。日本人の少し足を引きずった方に話しかけてみて、、その方がデニスバンクスに繋いでくれて、参加させてもらえました。SACRED RUNとはネイティブアメリカンの祈りのウオーク、歩きでワシントンD.C.まで行く祈りのウオーク、だと聞いていました。ネイティブアメリカンにとって歩くことは祈ること。けど、人数いっぱいで歩くから、その合計地点まで一気に車で行くんだけど。デニスバンクスの運転は荒かった、100km以上でぶっとばすんだけど、前を見ない、、ハンドルの上でメモ帳出して何か書いてる、、前見てくれ〜!。。参加してみると、あんましネイティブアメリカンの儀式感はなくって、普通のピースウォークな感じだった。途中でスウェットロッジとか祈りの儀式はあったな。そういえば、このお守りももらった。中にタバコの葉っぱが入ってる。

 

 

  • ロルフィングとの出会い

そのSACRED RUNには日本から数人参加者がいました。そのうちのひとり、ガリさんという方が本のコピーをもっていて、そこにロルフィングのことが書いてあった。かつてスピ系の雑誌に載っていたことはすっかり忘れていて、、これは何?すごい、、しっくりくる。理論。体の理論。ほぐしてもほぐれない、ほぐしてもすぐ戻る。なぜ?わからなかったわたしにとって、それは理論理屈が筋が通っていて、今まで見たことのない、何かを感じました。その後、調べてみるとまさにこれは求めていたもの!(後にわかったのは、その本のコピーは、、能の本(くまじゃなくてのう)でした。安田登さんの。)

 

  • チベットのカイラス山へ

そのご、進む方向、自分の方向を探し求め、、チベットのカイラスに向かうことにしました。SACRED RUNはフェニックスの近く、アルバカーギで

一度離脱し、、バスでニューヨークへ、そして、彷徨いメキシコへ、、ロサンゼルスへ、、とぐるぐる方向を探し、またオクラホマシティの近くTALSAだったっけ、で合流、、そして、すぐ離脱。香港へ。陸路でバンコクへ、、飛行機でデリー、ダラムサラ、、再びデリー、ビザを取ってパキスタンに入り、ラホール、カラコルムハイウェイを通り中国のウイグル地区へアリからチベット自治区、カイラスのお膝元へ。しかし、途中から、デリーを出発する頃から体調がおかしい。食べられない、吐く。下痢、、1ヶ月近く続いても治らない。

 

  • 標高5500m

カイラス山はチベット仏教など3つの宗教の聖地。チベット人はカイラス山の周りをコルラ(巡礼)し歩きます。一周3日間のペースで、宿があります。当時は個人旅行ができました。体調がおかしく、体が動かない。高山病かと思ったが、だんだんしんどくなる、どうもちがう。3歩歩くとしばらく休む、という感じで歩く。体力が劇的に落ちる。腸チフスだった。(血の中に菌がいて、外には出てないらしく、汚染はせずに済んだのはよかった。帰国後わかった。)

 

  • 入院

カイラスからラサに向かい、ラサからネパールの国境へ。もう、ほとんど歩けない。ゆーっくり、ゆーっくり、おじいちゃんみたいに歩いてたらしい。インドに入り、飛行機でバンコクへ。バンコクには初めての旅行でラサで出会ったタイ人の友人がいます。会うなり病院に連れて行かれ、入院。海外旅行保険にはいっていなかったので、入院は拒んだんだけど。3日間、すごい汗と熱、浄化。しかし、何かわからない薬を点滴されたり、、。その後、村上春樹のねじまき鳥クロニクルの間宮中尉のように、自分の中の何かが流れ出し、終わった。抜け殻。になった感覚。治療費は3日間で17万円!

 

  • 自分の中が流れ出ていった

帰国後、調子が悪い、、しんどい。おかしい。帰国後ロルフィングの10シリーズを受け、2008年京都開催のロルフィングのトレーニングに申し込み、、キャンセルしてアメリカへ。(京都なら1年半で認定される。でも?1年半後、はい、あなたロルファーです。と言われたところで何ができるのだろうか?考えたこともないけれど、英語もできないけれど、アメリカのトレーニングに参加して、それなりに大変な経験を通したら、何者かになっているかもしれない。ロルファーとしてなんとかなるかもしれない。)2008年UNIT1アメリカのボルダー、2009年UNIT2同じくボルダー、2010年UNIT3ブラジルのバハドサヒ。それぞれトレーニングを受け、ロルファーの認定を目指す。うごけない。話そうとすると、パニック。。電話など出られない、恐怖。ボーッとする。対応できない。今思うと、これはこの時に始まったことではなく、昔から、、子供の頃から?一度目の3年間の旅のあと、大丈夫になったと思ったけど、それは、この世界に対しての完璧な防御、鉄壁の壁、、そこに居ながら、壁の向こう、ガチガチに固めて世の中に、人々に対していた。カイラスでの経験、体の中身が全て流れ出ていった、それは防御の壁を流していった。それでは、この世界では生きられない。しんどい、刺激が辛い、イタイ!!

 

  • ロルファー不合格

2010年12月、初回のトレーニングUNIT1から3年経った。ブラジルのバハドサヒという場所で、ロルフィングの最終トレーニングUNIT3に参加した。同時にムーブメントの認定も受けることができる。トレーニング中、無理、、となって自分から辞めると伝えたこともあるくらい、、なトレーニングが終了し、、不合格となる。正確にいうと条件付きの合格。理由が、人とコミュニケーションができないから。クライアントとコミュニケーションが取れないと、施術はできないから。

 

  • トラウマワーク、ソマティックエクスペリエンスを勧められる

UNIT3のトレーナーは、心理の大家として知られていた。ソマティックエクスペリエンス(略してSE)というトラウマワークのトレーナーでもあった。ソマティックエクスペリエンスとは、こころや感情、思考を扱うのではなく、身体感覚から体にチャージされたトラウマのエネルギーを解放し、神経系の働きを健全なものに戻す、という体からアプローチしたトラウマワークです。講師からトラウマ状態が高いとのことでまずはSEを受けること、そして、合格の条件として、二人のモデルクライアントにロルフィングベーシック10シリーズを施術してレポートすること、を示されました。ここからトラウマワークを受け、認定に至るまでさらに3年の年月がかかりました。日本でトレーニング受けとけば1年半で認定ですが、unit1 から認定までトータルで6年半かかりました。

 

  • トラウマワークと回復の期間

SEを受けている頃、、わたしの世界は、派遣で働くソフトウェアの評価の仕事と、SEのセッションルームだけ。休みの日は、、うごけない。うずくまって過ごす。刺激が痛い。。2年半後、このままではダメだ。進まない。SEは終わりにして、外に出だします。ワークショップに参加するようになる。ロルフィングのイールドワーク。※SEの効果は全然わからなかったけれど、外に出ようという意思が出るほど神経系の状態は回復したのでしょう。少しずつ、少しずつ、、2年半かけて。そのころセラピストさんに言われたのは、回復には人生の10%が目安。30歳なら3年。当時はソマティックエクスペリエンスは知名度はまだなく、セラピストは全国に二人だけ。東京にひとり、札幌にひとり、という状況でした。今では何百人かいるでしょうね。

 

  • ロルフィングとイールドワーク

当時のわたしは、、強圧で指圧するような、リラクゼーションの仕事を経験していたので別に強圧をかけて体を変形させることは、技術的には問題なくできました。が、それは、できない。したくない。という思いがありました。ブラジルでのトレーニングでも、「人はそれそのままでいいじゃないか。誰かに何かを変えられるなんておかしい。」と途中のトレーナーとの面談で話したこともありました。そのとき、講師は「それはいつか自分で答えを出すものでしょう。」という話をしてくれました。ロルフィングのイールドワークは、軽く触れるだけ、少し触れて、離れて待つ。間合いをとり、、まつ。そして、次のタッチを少し、、というワークです。当時からすでにずいぶん時間が経ってますので、今はどうかわかりませんが。これならロルフィングのセッションができる!わたしの初期のロルフィングで使っていた手技はイールドワークでした。

 

  • イールドワークのワークショップ

そこではロルフィング10シリーズのレシピもイールドワークの視点で学びます。そして、それは同時に交換セッションとして参加者同士でワークすることでもあります。重力に委ね、、施術を受ける、、あるとき、自分の胸郭の内側が、、ブルっ!と何度か震えました。逆向きに横になり、、また、弾けました。なにか、変容が起こっている。10シリーズの解釈を3つのパートに分けて学ぶ。それを3巡ほどしたように記憶してます。その度、体が変わっていく、、大丈夫になっていく。。SEより断然はやい。大丈夫になっていく、元気になっていく。そういう時期でした。ロルフィングにこの時救われたという時期でもあります。

 

  • 本質的なワークの探求

その後、SEのトレーニングコースで学んだり、自分がセラピストとして活動していく方向に向かい始めます。学ぶとは、同時に自分自身の癒しにもなります。もしかしたら最大の癒しの機会。そのうちのひとつとして、クラニオセイクラルがありました。クラニオセイクラルにはクラニオセイクラル・バイオダイナミクス、というワークがあります。ロルフィング協会のプログラムでも学ぶことができましたし、他の団体でも学ぶことができました。軽く触れるだけ、、不思議。イールドワークともまた違う。。学びたい、学びだしました。しかし、、学びが進み、、ある段階から世界観が変わらない、、同じことを、場所や触れる部位が変わるだけでなにも進化しない。なぜだろう?他の団体にも学びに行きました。あるとき、インドまで行ってクラニオセイクラル・バイオダイナミクスを学びに行きました。クラスの途中、クラスメイトがベッドの上から跳ね上がり、、(これは日本でも何度かみたことがあります。)人が変わってしまった。廃人になってしまった。今ならわかるのですが、圧迫し火を消してしまったのです。それを講師は直さなかった、直せなかった。SEも教えている(?)らしいその講師の方は、施術で直さず、ただSEのように足を踏んで知覚を持たそうとしただけ。その子は、明るく社交的、きらきらしていたインド系のカナダの方、毛布をかぶって「絶望だ、壊れた、、」とひたすらブツブツ言って俯いている。これはなんだ??その人は正しい施術をする方に救われていることを、願います。

 

  • オステオパシー

その後、本当の施術はなんなのだ?クラニオセイクラル・バイオダイナミクスは興味はあるし好きなのだけどなんかちがう!ほんとうのクラニオセイクラルを学べるところはどこなのか?あるとき、個人的にバイオダイナミクスを教えてる方がいらっしゃいました。(後に教えることがダメなことになり終わりになったのですけど。)これだ!!それは、オステオパシーのバイオダイナミクスでした。クラニオセイクラルのバイオダイナミクスと似てる。※オステオパシーのバイオダイナミクスは9年のカリキュラムです。本質が出てくるのが7年目。3年くらいで学ぶのを離脱したひとが独自のカリキュラムとして世に広まったのがクラニオセイクラル・バイオダイナミクスのようです。

 

  • バイオダイナミクス・オステオパシー

7年ちょっと前から、オステオパシーのバイオダイナミクスを学ぶ機会をえました。それは生命の学び、全ての本質でした。ソマティックエックスペリエンス、イールドワーク、クラニオセイクラル、、すべてがかすみ、本質の学びに飛び込みました。それは、わたしの中心にあり、生きること自体とシンクロしています。いまでは、名称が変わり、バイオエナジェティック・オステオパシーとして学びを続けています。

 

わたしはバイオエナジェティック・オステオパシーを学ぶことで、施術することで、生かされているしあらゆる活動ができています。わたしのロルフィングが本当の真価を発揮できるのもバイオエナジェティックの背景があるからです。