プロフィール


岡田 邦宏(おかだ くにひろ)

1976年 大阪生まれ

米国Rolf Institute 認定ロルファー

ロルフ・ムーブメントプラクティショナー 

 

もともとアテもなくアジア、アフリカなどを旅行して行くうちに、身体とこころに関心が向かうようになっていきました。この世の中での居心地がよくなっていけるような、それを周辺の世界にも共有していけるような、、、そんなセッションを提供できればとおもっています。

 

知っていることの範囲の外側で、起こる『変容』

個人の思いや覚悟だけではない、もっと大きな流れの中で起こってきます。

それは、個人の思いがどれだけあってもどうしようもないこともあったりします。

その大きな流れが、信じられるか、それと共に行くのか、

それと共に行く、その覚悟も想いも十分で、人一倍その思いがあっても、道を断たれてしまうこともあります。

いくつもりでもいけないのか、、そんなもののようです。

より何もなし、どんな準備も色もつけないで、純粋にその世界に入っていく、というのが一番良いのかもしれません。

大きな流れの源に繋がりがついていること。そこでは、深い癒しが起こります。


癒しの起こる領域があります。そこに降りていき、そこでただただ命の力に浸される。無意識と意識の狭間、、。繊細で、この世界に生きづらさを感じたり、荒い粒子の世界に影響を受けてしんどくなってしまったり。そういった方こそ本当の癒しの力にたどり着く能力をもっています。その本質の性質を元々身にまとっている方たち、自らが癒され、癒し手への側へとまわっていく。あなたには、力があります。

けっこう好きな本

 

・『旅をする木』星野道夫

旅をする「本」と思って買ったら「木」でした。アラスカの原野を撮った写真家の短編集で、たまたま開いたところを読んだりしてました。24歳の時、初めての海外旅行へ持っていった本。アテのない3年間の旅行に出るきっかけともなった本です。

ミニコラム
世界には不思議な力が流れている、と。 それは、出会いとか、ご縁とか。

↓ つづきを見る


三つの香炉 『志村ふくみ ちよう、はたり』

沖縄、石垣島で出会った、司(つかさ)と呼ばれる老婦人のことを語りたい。沖縄には、緑深い森や、山の頂上や中腹の洞窟などに、聖地、御嶽(うたき)がある。いずれも神々の臨在されるところといわれている。司達は常に御嶽を清め、祈り、祭祀を行う。人々は老いも若きも司を敬い、拝所で願いごとを捧げる。そこには壮大な建造物や、仏像や、装飾は何もなく、人びとは司を通して自然の神々と出会うのである。自然と、あるいは神と人間が非常に近い関係で存在し、私たちが遠い昔に見失った自然崇拝、すべてのものに神が宿るという思想が現在も生きている。

・・・(中略)・・・かつてそこは石城山という小高い丘であったが、日本(やまと)の建設企業が砕石のため無残にも削りとってしまい、ほんの一部が残骸のように残っているだけだった。削り取られた部分は沼のように水が溜り、そのまわりに亜熱帯の木々が茂っているばかりで、周辺には有刺鉄線がはりめぐらされ、そこが聖地だとは誰も思えない荒れ果てたゴミ捨場と化しているのであった。石城は石垣島でも最も大切な神が祀られ、山頂には三つの珊瑚でできた香炉がおかれていたというが、学術調査という名目でヤマトの学者が持ち去ったということであった。

・・・(中略)・・・司は、祠を清め、小さな香炉に線香をあげて祈ったあと、私達にこう語った。

「神々の世界は今、このように荒らされています。それは人の心が荒れているということです。自然と人間がこのように断ち切られるということは、人と人の心も断ち切られるということです。人間のすることは本当に怖しい。私ひとりの力でどうすることもできないのです。併(しか)し、人間の中には何とかして神々をお守りしようと願っているものが必ずいると思います。また、そうしなければなりません。三つの香炉が今どこにあるのか、神様のお告げでは博物館や、資料館にほこりをかぶってねむっているということです。私はいつの日か、さがし求めて三つの香炉をこの石城の神々の前にお供えしたいと思っています。建設作業がこれ以上すすみ、たとえ、石塊(いしころ)一つになっても私はそれを家に持って帰り、お祀りして祈るつもりです。人間がお祀りしなくてどうなるでしょう、神様は自分で神を祀ることはできないのです。すべて人間のなされるままなのです。私は神に拝むと約束しました。一たん約束したことは必ず守ります。命のあるかぎり拝みつづけるつもりです。ひとりでも多くの人が拝めば、神は必ず人間と通じ合ってくださるのです。神は誓ってそういわれます」・・・(後略)


・『ねじまき鳥クロニクル』村上春樹

ストーリーはあまり覚えてないかもですが。。印象的なのは「井戸」、「羊男」、「間宮中尉」。

井戸の深さと闇。どこに繋がっているのでしょうか?そこに降りていくこと。

羊男のたたずまい。好きです。 間宮中尉。井戸の底で焼き尽くされた自己。

そこから抜け殻のように生きたとのことですが、本当はそこが純粋な生命の力に触れる場所。

純化のきっかけ。ギフトなのだと思います。

己の培ってきた、作り上げてきた、今まで築き上げてきた枠組みが全て流れ去り、その後に無惨に残されたもの。そこがやっと始まりでした。命の力は身体の奥底に途切れることなく常に流れています。そこに触れること。そのことと自分のボディワークへの姿勢が重なります。

 

・『アルケミスト』パウロ・コエーリョ

前兆。宇宙の流れ。これは旅をしていたら特に感じますよね。出会い。


 

ミニコラム
なぜロルフィングをやっているのか?

↓ つづきを見る


『星野道夫 旅をする木』「・・・あ、それからぼくはロック・クライミングをやります。垂直の岸壁を登ってゆくのです。うまく説明できませんが、それは趣味ではなくて、自分にとっては信仰に近いものです。どうぞよろしく。」 


**


ボディワークを深めて行くと、繊細ないのちの不思議に出会います。


目に見えたり、今まで見聞きして知っていたこと、それが世界だと皆さん思っていると思いますが、それ以外にも繊細な世界がこの当たり前の世界と並行して存在していることに気がつきます。


体とこころ、


知らない世界が現実にあるということ、
知れば知るほどその背後には見えない世界が広がっている。


そして、現実にわたし自身が生き易くなっているという事実、、。セッションの現場で起こる不思議の数々、、。


世界は広告やニュースで広められている以外のところにも存在しますね。



To keep the body in good health is a duty…. Otherwise we shall not be able to keep our mind strong and clear.

BUDDHA

 

Here in this body are the sacred rivers: here are the sun and moon as well as all the pilgrimage places…. I have not encountered another temple as blissful as my own body.

SARAHA



◆ 略歴

1996年 大学入学

2年間の引きこもり後、休学、退学。

無感覚。自分がどこにいるのかわからない感覚。

その後、2年ほどプログラマーとして働く。

2000年 12月 出国 神戸から新鑑真号で上海へ

帰る日を決めない海外旅行へ 上海~喜望峰(南アフリカ)間を旅行する。

初めての海外、3年間を過ごす。自分の身体には力があった。必要とあれば大概のことには適応できる。

こころと身体に興味を持ち始める。


2003年 11月 帰国

整体師として働く。ほぐしてもすぐ元に戻ること、通い続け依存し続けなければならないことを観察する。

2006年 出国 ロルフィングとの出会い、心身の流出体験

アメリカへ渡りネイティブアメリカンのアメリカ大陸横断ウォークに参加。その途上、参加者の一人から借りた書籍を読み身体統合の理論に惹かれる。これがロルフィングとの出会いとなる。

アメリカのウォークを途中で離脱し、チベットのカイラスを目指す。1ヶ月以上毎日つづく激しい下痢と食欲不振の中、インド〜パキスタン〜ウイグル〜チベットに入り、カイラス(チベットの山。標高5500mの峠を含む周囲を4日間ほどかけ一周する道がある)を徒歩で1周するが旅程で体力を消耗しバンコクまで辿り着くが入院。チフスと診断される。歩けないほど痩せ、それまで積み上げてきた身体の中の枠組みがすべて流れ出ていってしまったかのような感覚、自分の存在が流れ出て行ってしまったような感覚の中に取り残される。

以降、抜け殻のようなどんよりとした感覚の中で過ごすことになる。ここが身体(わたし)本来の力への探求のはじまりとなった。

それまで処世術として身につけていた身体をガチガチに固めて世を耐えていた身体からこのとき中身が全て流れ出て行ってしまった。寄る辺のない無防備でどんよりとした日々。努力でどうのではなく身体がそうだったのだ。どうやって中身を、新たな枠組みを再び、頑丈に、鉄壁に作りあげていくか。この世に対抗していくか。

しかし、そうはならなかった。柔軟に、リソースを育て、自分に優しく、いつでも大丈夫な状態に帰って来られるregiliency・柔軟な身体・神経系、自己調整の力。身体の本来の力を発揮できること。それに近づいて行く道。

2007年 帰国

ロルフィング ベーシック10シリーズを受ける。

2008年度の京都トレーニングに申し込むがキャンセル。当時の自分にはあり得ない選択だったが、アメリカで学ぶことを選択する。

2008年 トレーニング Unit1 アメリカ

2009年 トレーニング Unit2 アメリカ

2010年 12月 最終トレーニング Unit3 ブラジル

心理療法士でもあった講師から人とのコミュニケーションが難しいことを指摘され、トラウマワーク(ソマティック・エクスペリエンス(SE))を受けることを勧められる。

すべての人が持つ「自己調整能力」に目を向けるきっかけとなり、後のロルフィングワークに影響を与えることになる。

ブラジルまで行く選択をした意味はこれだったか。

最終トレーニングは終了したが、施術者として人と相対することが出来るまでの条件付き認定とされた。当時は人としゃべる事が難しく、話そうとすると首が絞まる、目が痛い、言葉がでてこない。という状態だった。目の前で人が自由におしゃべりをしているのを目の当たりにすると、その能力に衝撃を受けていた。すごい。と。

このときから完全な認定まで3年3ヶ月の年月を必要とした。

2011年 2月 ソマティック・エクスペリエンス(SE)のセッションを受け始める

2年半の間、仕事以外ではSEのセッションルームだけが唯一の世界との関わりとなる。動けない。家の中でうずくまって過ごす。

少しずつ少しずつ回復していく。急激な変化は身体に統合されないことを知る。

本当の変化とは、静かに、少しずつひっそりと起こります。身体の変化とはどういうことか、変化のプロセスを知ること。自分のからだで学びました。派手に急激にわかりやすい変化とは失われやすく、逆効果となることが多い。

今の自分のワークに通じる人の身体の可能性、リソースの重要性、世の中一般では否とされる大切なことを学ぶ大切な期間だった。 

2013年 SEの終わりとロルフィングの探求の始まり

SEのセッションを受けることから少しずつ離れ、外の世界と関わり始める。

様々なワークショップや勉強会に参加するようになり、以降はボディーワークのセッションを受け始める。

身体が整うことは心が整うこと。身体へのアプローチにより自身が少しずつ、着実に変化してきた。振り返ればわかる間違いのない事実。

ボディワーカーとして存在する意義を体感する。

強い持続圧で組織を変形させるのではなく、ほとんど触れるだけの軽いタッチを用いるワークがあることを知る。

⇒内側からの自発的な変化を促す待つタッチへと自身のワークの質が大きく変わっていく。

2014年 3月 すべての条件をクリアし 認定ロルファーとなる

 

ロルフィング認定証

ロルフ・ムーブメント認定証


ミニコラム
Maktub(マクトゥーブ)、それは書かれている。

↓ つづきを見る


バウロ・コエーリョの『アルケミスト』を好きな方は 「マクトゥーブ」という言葉を覚えているでしょう。


**


この本には、1ページに1話の短編が書かれています。

143話

あなたがなにかに不満を持っているのならば ー その不満が、たとえばあることを実現させたいのにそれができずにいる、などといった不満であったとしても ー 今すぐに立ち止まりなさい。 ことが進んでいないのならば、それにはふたつの理由しか考えられない。あなたの忍耐が試されているか、もしくは方向転換をする必要があるか、どちらかだ。 どちらの選択肢が正しいのか ー だいたい、この二つは正反対のものだし ー 、
それを見極めるには沈黙と祈りの力を借りるのだ。少しずつ、いろいろなものが不思議なほどにはっきりと見えはじめ、やがてどちらを選ぶかを決めるにじゅうぶんな力が備わってくる。 一度決めたら、もう一方のことはきれいさっぱり忘れることだ。そして前に進む。神は勇者の神なのだから。
賢者ドミンゴスは言った。
「すべては最後にはうまくいく。そうでないと思うのなら、それはあなたがまだ最後まで到達していないからだ」

47話

われわれは、行動し、作り、解決し、備えることに腐心する生き物である。われわれは、常に何かを計画しようとし、終結させようとし、そして発見しようとしている。 それは決して間違いではない ー つまるところ、われわれはそのようにして世界を構築し、動かしてきたのだから。
だが、祈るということもまた、生きていく上で経験の一つである。
ときには立ち止まり、自分自身から抜け出し、宇宙を前にして黙する。
肉体も魂もひざまずく。なにも乞わず、考えず、感謝すらせず。ただ、われわれのまわりにある愛の温もりを感じるだけでいい。
そのとき、思いもかけぬ涙が ー 喜びの涙でもなく、哀しみの涙でもなく ー 溢れ出るかもしれない。
驚くことはない。それは神からの贈り物だ。その涙はあなたの魂を清めているのだ。




ここに来るまで様々なワークと出会ってきました。その途上でその哲学はわたしの内側にまで浸透し、わたし自身が変容してきました。わたしのロルフィングにはさまざまなエッセンス(本質へのアプローチ、人の深い領域に達するために必要な要素)が染み渡っているように思います。

↓ つづきを見る


その中でもバイオダイナミクス(※1)と出会って
これこそが私の求めていたもの、というような深い、、本質に迫っていく、
私そのもの、(或いは世界の本質)、と出会っていくような体験をしています。



※1:バイオダイナミクスとは、クラニオセイクラルバイオダイナミクスとは異なるワークです。さらに深く、本質的なワークであり私のロルフィングのワークに影響を与えています。



そして、思い出すのはロルフィングのトレーニングで3回海外に渡ったこと。
Unit1と2がアメリカのボルダー、Unit3がブラジルのバハドサヒ。

強圧の手技で人を変形させていくこと、それがロルフィングの手技の主流です。
それが、なんか納得いかない。イヤでした。

そうでない方法、そのときからそれを求めていたし、
その方向性があるのか?ロルフィングに意味はあるのか?
「人は、それでいいじゃないか。変えたり変えられたり、だれかの意図で思い通りにされていいような存在であるはずがない。。ロルフィングって必要?」
そんなことすら考えていました。

そして、ロルファーになってから「Yielding Work(イールドワーク)」という
クライアントさまの内側からの変化を促し、受け手の変化、望み、方向性を尊重するワークに出会いました。
施術者が変形させるのではない、その意図はまったくない。
もし、施術者が変形させよう、変えてやろう、とすると、ワークはうまくいきません。

そこで、私はやっとロルファーとしてやっていくための「手技」を手に入れました。
この出会いがなければ、私はロルファーとして今でも活動はしていなかったかもしれません、、、

・・・

そして、今、さらに深く本質に迫る手技に出会った、
今まで師と呼べる人はいなかった。ひとりでやってきた。ようなつもりでしたが、
バイオダイナミクスを伝えてくださるその方は、純粋に「先生」とひれ伏す存在です。
それは、その人個人、個性、その人の人生、パーソナリティがということではありません。
その人が繋がっている世界、もしくはその知識、精神性、その背景にある宇宙、という存在、
、、、その本質がそこにあったからです。


また、ロルフィングのワークが変化しています。
バイオダイナミクスを学びつつ、
このワーク(ロルフィング)とともにあること。

ロルフィング、このおかげで私は世界に近づく道を与えられているようです。


この先もこの世界を探求しつづけることができますように。。

 


 

ミニコラム
正そうとするのではなく、光を見ようとしている

↓ つづきを見る


私のセッションでは、その人の体を正そうとする見方をしません。

ここが一般的なロルファーやその他の治療家さんたちとの違いでしょう。


曲がっているとか歪んでいる。、、痛みをとりたい、治したい。。一般的な治療のアプローチでは、間違いを探し出しそこを治すために施術をするでしょう。

しかし、私のアプローチでは、間違いを正そうとする見方はしません。



その人の中にある光を
見つけます。



(光とは、比喩です。身体に備わる自己調整の力、回復に向かおうとする力の在り処です。)


そして、それが内側から広がり、、、ゆっくりと癒しのプロセスが展開されて行くのを見守ります。

これがイールドワークやバイオダイナミクスといった手技の基本的スタンスです。

癒しは身体の叡智に委ねられています。
それは施術者の診断や処方より優れた命の叡智です。


その力に従うとき


そのとき、思いもしなかった不思議な変化が訪れること、、が起こります。。



◆主なトレーニング暦

2008年 10〜12月 ロルフィング Unit1(ボルダー、アメリカ)

2009年 10〜12月 ロルフィング Unit2(ボルダー、アメリカ)

2010年 10〜12月 ロルフィング Unit3(バハドサヒ、ブラジル)

2010年 10〜12月 ロルフムーブメント(バハドサヒ、ブラジル)

2013年 8月 ソースポイントセラピー module 1, module 2(大阪)

2013年 10月 クラニオセイクラル・バイオダイナミクス セミナー1A(東京)

2014年 3月 クラニオセイクラル・バイオダイナミクス セミナー1B(ムンバイ、インド)

2014年 3月 ロルフィング・レシピのムーブメントへの理解 part1(東京)

2014年 4月 ロルフィング・知覚、方向付け、リソース(東京)

2014年 5月 ロルフィング・動きの中での脊椎(東京)

2014年 7月 ロルフィング・レシピのムーブメントへの理解 part2(東京)

2014年 9月 ロルフィング・7つの水平構造と筋膜の繋がり、内臓と水平性のサポート(東京)

2014年 9月 クラニオセイクラル・バイオダイナミクス モジュール1(東京)

2014年 9月 クラニオセイクラル・バイオダイナミクス モジュール2(東京)

2014年 11月 ロルフィング・レシピのムーブメントへの理解 part3(東京)

2015年 4月 ロルフィング・呼吸と歩行 Part 2(東京)

2015年 7月 ロルフィング・レシピのムーブメントへの理解 part1(東京)

2015年 8月 ソマティックエクスペリエンス 初級1・2(札幌)

2015年 8月 エナジェティック・内臓ワーク(東京)

2015年 9月 ロルフィング・レシピのムーブメントへの理解 part2(東京)

2015年 11月 ロルフィング・レシピのムーブメントへの理解 part3(東京)

2015年 12月 エナジェティックオステオパシー1(東京)

2016年 1月 エソテリックヒーリング part1(京都)

2016年 2月 クラニオセイクラル・バイオダイナミクス モジュール3(東京)

2016年 3月 エナジェティックオステオパシー2(東京)

2016年 3月 ソマティックエクスペリエンス 初級2・3(札幌)

2016年 5月 バイオダイナミクス フェーズ1(大磯)

2016年 7月 エソテリックヒーリング part2(京都)

2016年 10月 解剖学・骨(東京)

2016年 11月 カウンターストレイン(東京)

2016年 11月 解剖学・筋(東京)

2016年 12月 ブレヒシュミッド胎生学(東京)

2016年 12月 解剖学・神経(東京)

2017年 1月 エナジェティック・カウンターストレイン(伊豆)

 

ミニコラム
一期一会

↓ つづきを見る

始まりがあり終わりがある。

ロルフィングとは、
人生のある時期に出会う、、

変化の季節です。

 


札幌でのソマティックエクスペリエンスのトレーニングでクラスメイトからお花をいただきました。。楽しかったです。とっても勉強になるトレーニングでした。リソース、自己調整ということを新しい側面から知るトレーニングとなりました。

 

※リソースとは、自分を元気付けてくれるものや勇気を与えてくれたり、そこから滋養を得て力をいただけるもののことです。昔の私は、これを全くなしで生きていこうとしていました。そうすると、、何が起こるか、自身の内側だけでやりくりしようとすると、枯渇し疲弊してしまいます。これではうまく生きていくことができませんでした。

↓ つづきを見る



今回のトレーニングでは、自己の調整には2つのアプローチがあるということを改めて認識しました。身体が無意識のうちに勝手に調整してくれる自己調整、それと同等に大切なのが「自分の意識で行う自己調整」、そのリソースを育てること。

 

『日々の日常でのリソース』自分が居心地よく、安心できる環境をつくること、食事や住環境、自然の中へ出て行って、滋養を得ること。

 

これは本当に身体、それと繋がる心に影響しているな。と感じました。『自分にやさしく。』

 

こんな感じで、トレーニングや学びの機会は私の人生と直結していきます。

 


ミニコラム
ケンジ君と、金の馬

↓ つづきを見る



あるとき、ある時代に、ケンジ君がいました。


けんじくん。



川のほとりにいました。
インダス川、、いや、ちゃう。 ガンジス川。



聖なる川のほとり、、ここはバナラシ。 死体がぷかぷか。



インドです。









いろんな人がいるもんだ。








そこへ鳥がやってきました。
綺麗な鳥です。虹色です。



ちょこんと、そこにとまり。 歌を歌います。




『ここは〜どこだか〜どこだ〜かさ、あらよいよい』






そして、




ケンジ君はその人に触れました。
触れてみると、


それは、もう、ひとではなく モノでした。
抜け殻でした。




ひととは、もう その存在は、スピリットとして、何かが宿っている、 と感じました。


抜け殻は、ぬけがらで なにか安心がしました。









。。









しばらく行くと、

そこを、長年放浪してきたケイコさんに出会いました。


この混沌の世界を放浪してきはったひと。 、、すごいな〜、、。

スピリットのある方だ。
。。
でも、話をしていくと 体験した、こと、 見聞きしたこと、 世界の印象、
それはけんじくんとは別のもののようでした。



何をして生きていても 人はそれぞれ見せられるものが違い 生きていること、そこからやってきたメッセージが違うようでした。



けんじくんは、ほー。と思いました。








その時間の流れは、 なんとも、、 透明のようであり、粘性をもっているようでもあり、 暗いようであり。。


そして、いま ケンジ君は




また、人に触れました。





ここは、どこだか。 もう、しらない。




そのひとのなかに、けんじくんは やさしい?なつかしい?薄明かりのような ものを感じました。


覗き込み侵害しないように、 そこにただ居ました。

すると、そこには小さな女の子がいました。 すわって(?)足をぶらぶらさせながら 歌を歌っていました。 音のない歌を。 なにか草で冠を編みながら、、。




ふふふん。。


それはなんだか優しい質感で、 しばらくそこにいました。












。。







ふときがつくと、また人に触れていました。 ただふれていました。
ああ、君は。 ちっちゃなワニくんがいました。 ああ久しぶり〜!なつかし〜。。感じがしました。







しばらくそこにいました。










元気してる〜?ってかんじ。














世界は一体どうなっているのだろう? いったいなにでできているのだろう?









けんじくんは、また歩き出しました。
目的はなく。無目的に。 ただ、無目的に。


そこには、意図による視野の狭さ焦点の当て方がなく。 あるがままの世界をそのままに感じることができました。







また歩き出しました。





















おわり。