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③静寂

 

この世界はどーなってんの?

 

 

 

 

 

ボディワーカー目線から、

世界をどのように、みているのか。

これは、ウソですが、、参考までに。

 

 

 

 

 

 

たとえば、こんな図式を目にすることもあります。

 

 

 

 

人間界、自然界、超自然界。

 

 

 

それらが存在し、

並行して、同時に、ここにある。

 

 

人間の理屈、都合、、社会、

それ以前に、自然界は存在し、それがなければ我々は存在できない。

頭の中で、それを排除し、ないことにしても、現実にはそれはある。背景に常にあるもの。

自然界。

自然界、そして、その背景に、その自然界を動かす、超自然界、

なぜ、植物はそうやって生えてくるのか、なぜ、春に桜の花が咲くのか、

花を咲かせ、風を、命を育む、なにかがある。命を司る、神の世界。

 

 

感覚的に、たしかにある。誰もがどこかで感じている世界。

ただ、頭で、教えられてきたこと、そこには入っていない。

どこかで失った世界。

 

 

 

それが、本当か?うそか?

 

 

そうだとしたら?

それを、やってみたら、現実かどうか、リアルかどうか?

 

 

どうやってわかる?

経験を通して、本当かどうか、わかる。

 

 

どうやって?

 

 

 

**

 

 

 

花を咲かせる力とは

なんなのか?

 

 

 

**

 

 

 

なかったことにしていたもの。ありにしてみる。

いろんなことが、つながり、

どこの分野でも、突き詰めていくと、

自然界、その背景にあること、

みんな同じことだと、気がつくようになる。

 

 

 

 

流れが治療する。

五感を通して第六感を知覚する。

 

大地の再生で矢野さんがいうことは

ボディワークでも全く同じで、

直接お話を聞くと、すべてにうーむ、となります。

 

 

 

 

 

第六感とは何か、

どうやって知覚するのか。

 

それは、五感を通して、

五感で感じ取られない世界にあるものを知覚する。

 

 

 

 

とうやって?たとえば?

 

 

 

**

 

 

 

こんな図式も、見ることあります。ウソですけど。

 

 

 

 

 

 

 

人間の世界、理論や理屈、物質の世界。

そして、感情の世界、、形がないけど、影響され、混沌としている場所、液体的な流動的な世界。

自然界、、風通しがよく、通り抜けるもの、、思念も憎悪もない、、なにもないさらさら透明な世界。

 

そして、その背景には、、未知の世界、、美、静寂、しずけさとハートの世界、、神の世界。

 

 

 

この世界を、どう見えるのか。

それぞれ、密度が違う。

 

 

 

荒く、テンポが速く、、。作り出した不自然なもの。

どよんとして、巻き込まれる、、離れられないもの。感情。

通り抜け、密度の薄いもの、癒しをもたらすもの、自然界。

 

 

 

それぞれ、”身体感覚”で捉えられると思います。

身体感覚、、感覚で。

 

これがミソですな。

 

 

 

感覚、、感情や、、思い、想い、、

いい/悪いは人間の世界のものですので、

ここでは、密度、ただ粒子感、ただ、粘度、、として、みてみる。

 

 

惹きつけるもの、問題、やりたいこと、こうであってほしこと、ひどいこと、うれしいこと、たのしいこと、

などの内容ではなく、その質感、をみてください。

 

 

 

テンポ、密度、粘性、、。

 

 

 

。。

 

 

 

 

ここで心理の勉強をしてたころに確か聞いたこと。

 

 

 

脳の構造上、

思考がある時、必ず感情があり、

感情がある時、必ず身体感覚がある。

 

 

 

つまり、思考にも感情にも、必ず背景には身体感覚があります。

 

 

この身体感覚、がキーです。

 

 

 

感情が止まらない、とか、思考が巡る、、とか、、。

そのときには、必ず”感覚”があります。

 

 

 

感覚に結びついている、

感覚が結びつけてしまう!。

 

 

 

のだとしたら、、?

 

 

 

その感覚にいるかぎり、

その思考や感情の渦から離れられない。

 

 

 

実際、そうなっていると思いますよ、

みてみてくださいな。

 

 

 

では、どうやって離れるのか、

どうしたらいいのか?

 

 

 

**

 

 

 

ここでもう一度この図を、ウソの図を。

 

 

 

 

 

人間社会、物質界。

感情界。

自然界。

 

 

 

これらの世界は、同時に存在している。

密度を持って存在している。

 

 

 

感情から感情を、

思考から思考を、

癒すことはできません。

 

 

 

より薄い密度から、

その領域を扱う必要があります。

より密度の薄い領域、そこに癒しの力があるからです。

 

 

 

 

たとえば、

感情と、自然界、

自然界が癒しの力を持っていることはわかると思います。

 

 

 

 

では、感情にとどまっていては、

癒しはない。

 

 

それどころか、

 

 

感情にとどまっていると、

どんどん拡大し、混沌としてくる。

 

 

 

 

この領域には、時間と距離がない。

ずーっとそのことを考え続けている、、追体験してどんどんひどくなっていく。

こういうアプローチ、感情や思考から解決するアプローチがうまくいかないなら。

 

 

 

それより密度の薄い領域に行く。

 

 

 

どうやって?

 

 

 

※特に、感情の領域は、現代人の歪みが多いところらしく、しかも、とてもややこしい場所なので、そこは避けること、スキップして、より神聖な領域、自然界より先の密度の薄い領域に行くことが大切です。

 

 

 

 

この場合ですと、少なくとも自然界、

粘性のない、さらーとして透明な、、清々しい領域へ。

 

 

 

 

どうやって、そこにいくのか?

なぜ、感情は拡大してしまうのか?

 

 

 

 

それは、

 

 

 

 

身体感覚、にあります。

端的にいうと、フォーカスしたものが拡大する。

焦点を当てたものにエネルギーを与えてしまう。

 

 

 

ということがあります。

 

 

 

ですので、

密度のある、粘性の世界にフォーカスして

考え込んだり、感じたり、対処しようとしたり、思ったり、

すると、そこにエネルギーを与えてより拡大してしまう。

 

 

 

癒しのあるのは、密度の薄い世界、

すくなくとも自然界の密度に焦点を合わせたい。

 

 

 

風を感じたり、思考から離れ、

自然界の透明さに、身体感覚を合わせる。

 

 

 

感情は引きつける力がつよい!!ので、

戻らず、ただ、自然界の何もない透明さに、

助けをもらう。

 

 

 

 

そう、助けがあるのです。

自分が自分の力を捻り出さなくても

助けはそこにある。

 

 

 

それにシンクロすることです。

 

 

 

自分の力では、なにもできない。

人間個人、人間の意図や能力では

限りがあるし、感情の領域が混沌としてしまう。

 

 

 

助けを、より密度の薄い、自然界の透明さに、

そこにある癒しの力に、つながること。

 

 

 

癒しには、

それしかできないのではないか、

(つまり、力を使って何かをするのではなく、

透明で何もないものに触れることで神秘に触れることしか)

と思います。

 

 

 

感情から離れること、

自然界に行くこと、焦点を当てたものが拡大すると、お話ししましたが。

つまり、自然界に、密度の薄い健全さに焦点を当てること。

問題に焦点が当たってはそれが拡大してしまう。と。

 

 

 

そして、同時に、

自分の立ち位置、ということについて。

 

 

 

問題を自分の力や何らかの力、パワーで、なんとかしよう、

というとき、それは、拡大します。

感情や、意図、人間の世界から

人間の力や願い、から、それを行使する時、

オカシクなるのだとしたら、

 

 

 

その立ち位置から、離れなければならない。

人間界、感情の世界から、離れ、

 

 

 

立ち位置は、

 

 

 

自然界、そしてその先の超自然界。

どうやって、

問題から離れ、そこに行くのか。

 

 

 

それは、身体感覚、

 

 

焦点を当てたところに、シンクロしていく。

 

 

 

つまり、

 

 

 

静けさに、気がつき、、そこに

自分の波長がシンクロして、そちら側に入れるように

自分の状態を変えてもらう。

 

 

 

自分から変わろうとか、

何かしよう、とすると、そこには入れない。意図は人間界、感情の世界の波長だから。

それより先の静かな領域には、意図では入れない。

 

 

静けさ。

 

 

そこに注意を向ける、

そこを、その波長を、静けさを、感じる、、という意図のない”意図”を使う。

 

 

 

何かを”する”という意図ではなく。

意識をその静けさに向ける、という意図を、自分をその静けさに変えてもらう、という意図を、

自分は何もできない、自分は何もしない、静けさの叡智に助けてもらう、という意図を。

 

 

 

すると、感情から離れ、

静けさに、、入れるかもしれない。

 

 

 

感情に引っ張られたら、

また静けさに帰る。感情は引っ張るのが強い、、でも、自分のいる場所に、本来の自分に帰る。

 

 

 

それは、

 

 

 

体が整うほどに、

やりやすくなります。

 

 

 

なぜなら、感情に反応する歪みが解消されていくこと、

そして、助けになる

自然界やその外側の生命の叡智のようなものに

繋がりシンクロしだすから。

 

 

 

※ボディワークだけではなく、いろんなことが助けになると思います。食べ物、着るもの、音楽、畑仕事、アート、透明な、健全な、静かなところに繋げてくれるもの。パワーを使うのではなく、力を行使するのではなく、何かを変えようとするのではなく、静けさに助けてもらうこと。望みを達成するのではなく、ただ、いつも生かしてくれる、そのどこかからやってきて支えてくれているものに、手を合わせること。評価も、利益も、なにもない、誰にも気が付かれない、、ただそこにあるもの。(その辺りについてもいつか書こうと思いますー。では、この辺で。)

 

 

 

まあ、そんな感じ。